夜の目も寝ない
 煙草を詰め直した煙管に火をつけ、新しく煙を燻らせる。そうして吐き出される煙は、ただの煙ではなく、退魔の煙であった。燻る煙が、着物はもちろん、体中に染み渡る。もちろん、ついてきた狗の体にも、じわりと染み込む。そうして形のない鎖や縄のように、ドアマースをゆっくりと拘束するのだ。
「なぁ」
「な、なあに?」
 ドアマースはキョウジの口が開いたのを聞き逃さず、口を開いた。女の声である。幼さのある口調だが、声音は怯えるような声でもある。 「ディア、しろよ。足が凍える」
 キョウジは言って、爪先を投げ出した。西洋靴を履いていてもこれかと思うほど、冷えた素足である。
 ドアマースはまるで見えているかのように、しかし触れること自体に怯えるように、手を伸ばした。獣の毛に手の甲こそは覆われているが、形は人のそれである。長く伸びた爪は唇とおなじく黒いので、見るからに人とは思えぬ指ではあるが。手のひらは獣の肉球さながらにやわらかく、人間の女の手よりもなめらかだ。
 黒く紅をさしたような唇が、頭を垂れて囁くように呪文を唱えはじめる。囁き声はうなり声のような低い声だった。ドアマースは喉奥でそれを続けながら頭を下げ、口を開き、掴んだ足に鼻先をよせるようにして唇を寄せた。触れれば、赤くなった肌が冷たさを訴える。それをほぐそうとするように口づけて、回復魔法がじわりと染み込むつま先へ、その肌の熱を移すように唇を滑らせていく。
 喉の奥で詠唱を続けながら肌に触れれば、悪魔召喚士特有の、その身の内に保有されたマグネタイトがキョウジから感じられ、ドアマースの肌をざわつかせた。
「ン、む」
 ようやく呪文の詠唱が終わると、喉奥から声が溢れた。しかし離れるどころか、ようやくといった体で、ドアマースは唇を寄せていた肌を吸い、舌を這わせ、足の指を口に含み、どんどんと濃密にキョウジの足へ触れていく。冷えた爪先を咥え込む熱を帯びた舌に、足を任せたキョウジのほうが驚きで体をこわばらせた。

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