唇だけなら恋人みたい
 上半身を預けた手術台へ額を寄せ、「熱い」とヴィクトルが呟けば、熱の根源である書生が背後で小さく笑った。しかし笑うなと口を開こうとすれば、頭をあげるのを防ぐようにうなじへ口づけられ、いよいよ肌が震えるのを堪えられなかった。
 学帽の鍔が耳をわずかに擦ることさえも、快楽を誘う刺激でしかなかった。
 吐息を零せば、背後からヴィクトルの肩と腰を抱く青年も、やはり同じように熱い息を吐いた。その吐息に混じって耳へ吹き込まれる言葉も、熱を帯びていた。
「ドクター、」
 その声に、ぞくぞくと自分の背筋を走るのが期待であることはわかっていたが、ヴィクトルはそれを与える相手がつけあがるのが腹立たしく、奥歯を噛んだ。それでも、直腸へと既に押し込まれた肉杭がその内壁を擦り、前立腺を圧迫するのに、知らず知らずのうちに声が零れるばかりだった。そうして揺さぶられる腰に、実際力は入らなかった。だから手術台に突っ伏す事になっているのだ。
 喉の裏で悲鳴じみた音まで漏れる。息を吐くだけでも苦しく、たったそれだけの動作にさえ、硬いままの異物感が強調されることがあるようで、容赦なく奥へと突かれる勢いを殺しきれず、視界が揺れる。しがみつくように手術台に手をつくものの、ゴム手袋でも幾度か指は滑り、首からさげたままの聴診器が、揺さぶられるたびに胸の下でがちがちと煩く音をたててやかましい。
「、っ、くず、のは…!」
 ただでさえ、涼やかな顔には似つかわぬような凶悪なものを人の体内へ挿しこんでいるくせに、その上でなお容赦なく揺さぶってくる背後の男が、いっそ憎くさえあった。けれど快楽を与えられているのも事実で、肉茎を挿し込まれているのは排泄器官などではなく脳髄であって、あの凶器じみた一物で思考を掻き乱されているのではないかとヴィクトルは点滅するように快楽に溶ける頭で、半ば本気で思わずにはいられなかった。触れられるだけで、たまらなかった。
 抵抗しようにも腕は手術台にしがみつくようにするだけで手一杯であったし、引き下ろされ、膝元に溜まるように留まっているスラックスと下着のおかげで、足を動かす気にもならなかった。それを認識すると、惨めな様だと眉根を寄せずにはいられない。それに既に下着まで引き落ろされて散々射精をさせられたのだから、手術着にもすっかり精液は染み込んでいるはずだ。おそらくは、手術着同様に、結局脱がされることのなかったシャツにも。しかし、それを思い出したところで悪態をつこうとする唇からは、甘ったるいばかりの声が零れて話にもならなかった。
 圧迫していた肉杭を引き抜かれる感覚に飲まれて声を零すだけでも、背や息が震えた。飲み込んでいたものを失ってひくつく入口から、精液が潤滑油と混じりあってどろりとした温い感触として太腿を伝ってゆくのがわかったが、拭う気にもなれなかった。
 そもそも何故こんなことになったのだろうとヴィクトルはようやく少しばかり考えたが、なにかを願うような口付けがすこしの血の味と共に落ちてきたので考えるのをやめた。

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