名付けてしまえば
 懐かしい話ではあるが、幻に名をつけたら実体を得るに違いない、と思って名をつけたことがある。政宗はこの男をみていると、時折そのことを思い出す。
 前を行く光秀の白い髪は、空気に溶けるようであった。ざわざわと風に遊ばれて、まるでそれが個の意思を持つかのように踊る。だがひどく細く、溶け消えそうなほど柔かくさえ見えるというのに、その髪は掴んでみたところで、ふつりと切れてしまうことはなかった。政宗は背を向けている光秀の、広がった長髪へ手を伸ばすと、ぎち、と音がしそうなほどに掴み、すぐに指先へと巻き付けた髪を引いた。政宗のされるまままにしていた光秀は振り返り、怪訝そうに眉を寄せた。
「痛いですよ」
頭皮が引っ張られる、と歩み寄ろうとするので、すこしばかり腕を引く。当然ながら、さらにふらふらと光秀は歩み寄った。
「痛いです」
「喜ぶかと思ったが」
「痛みが等しく快楽に繋がるものではありませんからね」
 けれども再度言われれば、政宗は未練を見せる気にならず、絡めた指を解いてやった。するりと指から逃れていく長髪が惜しかったが、目をそらして耐える。けれど光秀はそんなことはお見通しのようで、眉を寄せていたのも忘れたように小さく笑った。薄い口べりが見慣れた形に、そっと歪む。
「俺はあんたに懸想してるのかも知れねぇな」
 言ってみたが、まるで嘘のように聞こえて政宗は笑いながら撤回する。「It's Joke!」
 光秀は少しばかり意外そうな顔をしたが、すぐにそんなものは微笑の裏へと押しやって、見えなくしてしまった。政宗が後悔の色を見せて前言を撤回したならば、もっと楽しそうに笑ったかもしれなかった。だが、現実にはそうではない。
「残念ですね」
 光秀は言った。政宗は「わたしと同じだと言うところでした」とこれが言うかも知れぬと考えたが、光秀は言葉を続けなかった。
 しかし、違和感を覚えながらも名を付けるなら恋であろうと思ったのは、政宗の胸の内にある事実である。言ってしまえば今度こそ現実となるやもしれぬので、政宗はそっとそれを隠した。
*めずらしく、ちょっと余裕のある政宗

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