恥じらいもなく
「できたぞ、持って行くがいい」
 ヴィクトルはうやうやしく腰を折って、強化を終えた刀へと道を示した。仰々しい身振りに慣れた雷堂は黙って歩み寄り、出来たばかりの刀を取り上げた。不思議なもので、ヴィクトルの合体技術によって強化された刀は刃紋さえも変化する。さざ波のように静かであった刃紋が、今はゆらりと燃え立つ炎のように輝いていた。横でみていたヴィクトルが「美しい刀だ」と自らの手腕に唇を釣り上げた。
「ああ」
 雷堂は鞘に納めた陰剣莫耶を持ち替え、ヴィクトルに差し出しながら頷いた。「じっくりと観るがいい。我の刀ではあるが、おまえの作品でもあるだろう」
「ふはは! たしかに、そう言えなくもないな」
 息を吹きかければ魔法でもかかってしまうかのように口をつぐみ、そっと鞘から刀を抜くヴィクトルはほうと溜息を零した。その眼差しが刀を愛でるようやわらかなものとなり、瞼がわずかに落ちる。色素の抜けた睫毛が、瞼が下げられるにつれそっと頬に小さな影を落とした。青白く痩けた頬に朱が差すまでではないが、満足げに刀を見つめるヴィクトルの顔はとても幸福そうで、雷堂は思わず「可愛らしい人だな」と言った。
 静かに笑いながら、うっとりと、けれどきらきらとした目の輝きを隠せぬ様子が、童に飴をやったときのようであったので「可愛らしい」と口に出しただけである。だが、言ってみてからそれは奇妙なことかも知れぬということに、さすがの雷堂も気付かぬわけではない。だが、事実であったので訂正もせず小さく首を傾げた。
「どうかしたか、ヴィクトル」
「どうかしているのはおぬしのほうだろう」 言いながら、ヴィクトルは鞘に収めた陰剣莫耶を返そうと腕を出した。
「右目はそれほど悪いのか」
「それならば遠にくたばっている」
 雷堂は答え、差し出された刀を取るかわりに、骨張ったヴィクトルの二の腕を掴んだ。手術着の下に隠れる腕は、男のものであるとわかるのだが、しかし細い。骨の手触りがした。
「なんだ」
 何も言わず、じ、と見つめる雷堂の視線から、ヴィクトルが逃げるかわりに怪訝そうな顔をして応えた。
「おい葛葉」
 戸惑いか呆れかわからぬようなその態度に、雷堂はふと、自分が劣情を催しはじめていると気付いた。
 ヴィクトルから無造作に刀を奪い、床へ投げ捨てる。鞘も細工を凝らされた鍔も石造りの床で大袈裟な音を立てたが無視をして、掴んだ腕ごとヴィクトルを引き寄せると、その首もとへ頬を寄せた。
 擦り寄るように、白衣の上を頬で撫で、鼻先を喉へ押し当てる。学帽の鍔が邪魔だったが、やはり脱ぐ気にはならなかった。雷堂はそのまま、わずかに覘く青白い首筋を、顎のラインをなぞるように薄く吸った。ヴィクトルが小さく嘆息した。
「なんなのだ」
 だがどのように答えれば良いのかわからず、考えるのも面倒で雷堂は答えてやらずにヴィクトルの背へ手をまわした。しゅるりと背の紐を解いてやれば、意図などわかりきっていた。
 ヴィクトルがあきらめたように背後の手術台へ手をついたので、了承と見てそのまま軽い身体をわずかに持ち上げるようにして引き上げると、雷堂は業魔殿の主の上へと覆い被さった。二人分の体重をうけても、悪魔や人工生命体の重みにも耐えうる手術台が悲鳴をあげることはなかった。ついた片手で、手術台の温度から逃れるようにヴィクトルの手へ指を絡めてみたが、ゴム手袋に阻まれて体温などはわからない。
 つまらん、と口のなかで呟くだけで諦めると、慰めるように右目の傷をそっと撫でる指が伸びてきたので目を閉じた。「仕方の無いサマナーだな」とヴィクトルの声が呆れたように言う。見えなかったがきっと笑っているだろうと雷堂は思った。だが不快ではない。雷堂はくく、と喉を鳴らして手術着を捲り上げてやった。抵抗はもちろんない。
*お友達が言い出したヴィクトルを押し倒す雷堂に触発されて。

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