望み叶え給え
「ヴィクトル」
 薄い唇が名を呼んだ。瞳が学帽の下から熱心に向けられるのがわかるほど、まるで大事なもののように熱っぽく呼ぶものだから、ヴィクトルは時折どのような反応が望まれているのかと考えることがある。しかし、かといってそれがわかったところで合わせてやる気が起きることはなく、ただの疑問に過ぎぬことで、回答を求めるのもばからしく、いつもすぐに忘れる。今のように。
 ゴム手袋を無造作に奪い取っていったライドウの白い手が、さらに色素の欠如して血色の悪い腕ごと、指を拘束していた。子どものような拙さでふれてくる指に油断をしたら、こうなるのだから困りものであった。ヴィクトルは右手をひきよせられるまま、診察台の向こうの書生を睨んだ。それでも、ライドウが怯む事はない。もちろんそれはわかっていることだったが。つまらぬ現実に、眉を寄せたヴィクトルの顔色を、書生はもう伺いもしない。唇をそっと手の甲へ落とす。それから指先。そして、するりと白い指を骨張った指へと絡め、指の股で噛み付くようにその手をにぎった。
 ライドウがそうして指の付け根だけに力をこめるようにすれば、自然と掴む指先にも力が入り、掴まれたヴィクトルの指は、反り返りはじめる。「おい」とヴィクトルが声をかければ、ようやく再び、ライドウの視線はヴィクトルの瞳に向けられた。だが、指は離されない。噛み付いた指の骨が、骨同士の軋みあいをする音さえ聞こえそうであった。当然痛みもあり、黙っているライドウの唇が薄く笑みに色付くこともまた、不安が影のように落ち、胸の内へと溶けだすには十分な要素であった。
「あなたも、やはり指は大事か?」
 ヴィクトルのわずかな動揺を察したように、ライドウは口を開いた。くす、と小さく笑みが零れたのはヴィクトルの幻聴であったかもしれないが、それを差し引いても物騒なことには違いない。
「困るな」
「片腕でも? 指一本でもだめか」
「不便だろう。指一本の有無でも指先は狂う」
「骨折程度でもだめか」
「だめだ」
 答えながら、ああこれはいつかの自分の問いをなぞっているのだなとヴィクトルは把握した。血を要求し、肉を要求し、だめだといわれて尚、指一本ではどうかと持ちかけ、やはり断られた記憶が蘇った。おそらくは、自分もこのようにあからさまに気落ちしたのだろうと頭の隅で考えながら、しかし黙ったまま、指を捕らえたまま離さないライドウが要望をすっかり撤回するのを待った。
 けれど掌の熱が移るほど時間がすぎたところで撤回はなく、診察台を挟んだ向こうの、想い人が手をすっかり止めたことに満足したその指は、指を解くことを知らぬままである。
*お題:恋人繋ぎ(踏み外した感はあるが)

<<return.

*Using fanfictions on other websites without permission is strictly prohibited * click here/ OFP