特別非売品
 意図せぬところで鼻にかかった声が押し殺せずに零れる。しかたのないことだとわかっていても、それが気に食わぬので困るところであった。短く息を吐くことさえもどかしく、声を殺そうと震えれば、しかし逆に好ましく思われるので手に負えぬ。
 ヴィクトルの腰にしがみつき、衣服をまさぐり、勝手に性器をしゃぶりだしたラスプーチンは、腰を掴むついでにヴィクトルの薄い尻まで撫で回した。だが今はただ、くわえたそれを硬くさせることに夢中のようで、頬張ったそれを舌先で愛撫し、歯をたてぬように唇の輪で幹をしごき、唾液で濡れた音を惜しげもなくたてている。
 手術台に腰を降ろすこととなったヴィクトルは、今更抵抗する気にはなれず、平たい胸元をも愛撫しはじめたラスプーチンの、指先まで毛深く造られた指をせめて阻止すべく手を繋ぎ、爪をたてた。爪が与えられる痛みなど本物ではないとわかっていたが、それでも短く切りそろえた指で、精巧な皮膚を傷つける。もちろん血などは流れないことはわかっていた。無意味なことだ。それに、どうせ力もろくに入らなかった。ラスプーチンの愛撫のせいで。
「く、ぅ……っふ……っ、う、」
 とうとう達してしまうと、ラスプーチンは喉奥へ吐き出された精液を苦もなく飲み込み、唇を舐めた。人造物と人間の間を行き来するようなその仕草に、ヴィクトルは改めて自分が何をしているのかを思って眉を寄せた。襟元で髭ごと口を拭ったラスプーチンはそんな仕草を無視したまま、絡めたヴィクトルの指が逃れないように、今度は自分から力を込めた。ヴィクトルの爪がさらに食い込むが、気にするどころか気付いていないのかも知れなかった。ラスプーチンにどれほどの痛覚があるのかはよくわからないままだ。
「ネ、ほら、ミーってテクニシャンでショ?」
「うるさい!」
「照れ屋なんダからー……こんなにシても、ヴィクトル、ミーとセックスしたくならないの」
「っ、この状態でそんな台詞を吐けるおぬしに、問題があるのだろうが……」
「ソウ?」
 ヴィクトルに問いかけながらも、ラスプーチンは了承などもともと求めていないらしかった。喋りながら、その片手が上着の下へ潜り、ベルトを解く音が耳に入る。ヴィクトルはおもわずその手元へ目をやった。どうしても、自分の股間が目に入った。だが、射精をした自分の性器がぬるりと濡れた光沢を得ていることを無視しながら、床へ膝を付いたラスプーチンが服の間から取り出す肉塊が視界に入る。それが意図するところは、ヴィクトルにもわかりきったことである。
「おい、何を……」
「なにって、セックスでショ。大丈夫、ミーのテクでアンアン言わせてあげるカラ、安心して」
 言いながら、ヴィクトルの尻を撫でる。ねじ込もうとする指は既に濡れていた。
「なにが安心だ、やめろ」
 押し付けられる肉茎は、人造のはずだがグロテスクなほどよくできていた。その指や肌のように、まるでそのまま人間に思えた。熱さえも。興奮で震えるそれに生娘じみた驚きを覚えたヴィクトルは、繋いだ手から思わず力を抜いた。ラスプーチンの手が呪縛から逃れるのがわかったが、反応が遅れたほどだ。一瞬のうちに膝を掴まれ、さらに足を開かされる。
「ていうかぶっちゃけ、ミーがしたいノ」
「な、」
「それに、させてくれたラ――研究、手伝ってあげてもイイヨ」
「――おぬし」
「悪い話じゃないデしょ?」
 ラスプーチンは毒にしかみえぬ顔でにんまりと笑った。ヴィクトルは苦虫を噛んだ顔をしたが、その誘惑はたしかに効果的であったので。
「この歳で売春をするとはな」
 ヴィクトルはつぶやいて顔をそらした。
 立ち上がり、添えていた手膝に置き換えるようにして膝を押さえたまま、ラスプーチンはフフと笑った。
「エート、なんだっけ、“イタダキマス”?」
「黙れ」
「照れないデ」
 ヴィクトルの肩を掴み、ラスプーチンは恋人じみた唇を一つ。触れる髭がわずらわしくて、顔を顰めるついでにヴィクトルは目を閉じてやった。それからもう一度唇を吸われると、ふと、今頃はラスプーチンの足の下かもしれぬ哀れなゴム手袋のことを今さら思い出した。だが、ぬるりと舌で歯をなぞられればすぐに忘れた。
*やおいの日だし、と思って書いたやつでした。

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