凍て星を隠す
 帝都は星が見えない。見えたはずの光点が見えぬのは町中を明るく照らす外灯のせいであろうか。ならば寂しいことだな、とライドウは寒空をあおぎながらぼんやりと考えた。この銀座という町では、とみにそのように思われた。町中が寝静まった今でも。
 足下を黒猫が暗闇にまぎれてぐるりと回る。
『呼び出しておいて遅刻とはナめられたものだな!』
 日付が変わって数刻だ。当然、電車が動いているわけはない。厄介な呼び出しだなと嫌そうに言ったゴウトの不機嫌は募っていくばかりだ。喉奥で唸る目付役に、ライドウはちらりと視線を落とした。
「──ゴウト、まだ五分もたっていない」
『呼び出したならば先に待っておくのが筋であろう』
 いらだちを発散しようとしているのか、ゴウトはぐるぐるとライドウの足下で落ち着かない様子で動き回る。抱え上げてしまおうか、とライドウがかがみ込もうとすると、コツンと背後で音が響いた。猫が間髪を入れず、不機嫌そうに鳴く。
『遅かったではないか、ヴィクトルよ』
「む。遅れたか、すまんな」
 ライドウが振り向けば、ゴウトの言うとおり、そこには見慣れた長身があった。異人らしい長身に、白髪、こけた頬には目下から走る傷痕。だが、いつもの白衣とは違う色に身を包んでいた。暗い赤──血の色だとライドウは思った。なるほど吸血鬼にはふさわしいかも知れぬ。膝丈の外套は釦が六つ。前は留めておらず、中の胴衣がのぞいていた。胴衣も同じ色味なのだが、外灯からの光の加減で、格子柄に織り込まれているのがわかる。おろしたてには見えない。他人が目にする機会こそは少ないやも知れぬが、これは白衣以外の衣服もそれなりに蓄えているのではないか、とライドウはそのようなことを思った。
 ライドウはコツンと音をたてた音の主を、無意識にその姿から探した。靴音ではない。手にもった杖だろうとすぐにわかった。象牙かなにかでできた握りをヴィクトルの両手が握っており、その先は地面に触れている。よくみればその指先を包んでいるのはゴム手袋ではなく、白い手袋だ。
「あなたの、白衣以外の装いは初めてだな」
「白衣でもかまわなかったのだがな」
 ヴィクトルは握り手の象牙をなぞりながら言葉を続けた。
「……少し散歩はどうかね、葛葉」
『おい、まずは本題を言わんか』
 尋ねる形こそとっていたが、ヴィクトルは返事もまたずにライドウの脇をすり抜けた。ゴウトの存在は無視だ。灰色のスラックスからのびる爪先が、いつものゴム長ではなく革靴に包まれているのが不思議な気がした。先をゆくその靴底からは足音がしない。
「このような時刻に呼び立てたのは、我が輩の外出時間の都合もあるが、なによりこの時間でなければならん理由があってな」
 数歩先を行き、角を曲がろうとしたところで足を止めると、ヴィクトルは肩越しに振りかえった。
 音をたてて、周囲の外灯の明かりが落ちる。境界が歪んで行くのがわかった。肌がざわめき、ゴウトが鳴く。
『ヴィクトル!』
「なに、簡単なことだ。我が輩はおぬしらに悪魔を封じてほしいと言っただろう」
 ヴィクトルは言った。振り返り、杖でコツンと地を叩く。つり上がる唇と間から白い歯がこぼれるのが、暗闇でもよく見えた。大仰に片手をふりあげた。
「この百の魔を制してみせろ、葛葉!」
 幕が切り落とされるように、さきほどまでライドウがいた場所へ、いくつもの雷柱が落ちる。ライドウはヴィクトルに背を向け、外套のなか、胸元の管へ手を添えた。問いかけならば後でもできる。けれど戦いならば、今以外にはない。表情を変えぬまま、ライドウは仲魔を喚んだ。
 
*保護者付きデート…と思って書いた。うそじゃない。

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