二度とは会わぬと言いたげな
『壊し屋だな』
 業斗が瓦礫を避けながら呟くのに、雷堂は頷いた。外套の下で、無意識のうちに刀へ手が伸びる。
 割れた墓石は元々荒れ放題ではあっただろうことに違いないが、あとで直さねば祟るように思われた。大して効力はないとわかっていたが、雷堂はその場しのぎに退魔の水を振りまいて呪を唱えた。
 その間にも、鉄が石畳を踏みならす大げさな音と、不気味に引きずられる、重たげな音が近づいてくる。巨大な棺桶を引きずってくる相手は、あまりいい印象のない相手だ。業斗の言うとおり、壊し屋である。
 雷堂も実際に顔を合わせるのは初めてのことだが、漏れ伝わっている風体とピタリと符号する。袖に黒く鉤文様をあしらった白い着流しに、あちこちを補強するように巻かれた曝布。そしてそこへ差し込まれた無数の管は、まさしく悪魔召喚師の証そのものである。
 狂死と書いてキョウジという。葛葉の名を冠することとなった異端のデビルサマナー。悪魔のなかでも、人からも、目に余りあるところがあり、悪評で名が高い。私利私欲のために悪魔を使役するのがダークサマナーと言うなら、キョウジは半分以上そちら側だろう。闘うのが好きだときく。なるほど、雷堂は一目で気が合わぬとわかった。視線を交わすまでもない。
『殺気だつなよ』
 目付役の釘差しに、雷堂は「そんな心配はいらん」と反論した。しかし刀の柄から手を離せぬことは否定できず、またそこから力を抜くことも考えられない。結局その反論はただの言い訳に近い。雷堂の言葉を疑う様子はなかったが、業斗は十四代目の顔を見あげて「それでも」と勧告した。
『うぬはいいが、あちらはどう出るかわからんからな、油断をするなよ』
「聞こえてンだよ、猫」
 意外にも会話の口火を切ったのはキョウジのほうであった。
 雷堂と業斗がそろってそちらを見ると、伸ばし放題の前髪の下から、ぎらりと鈍い視線が光っていた。
「なぁ、雷堂だろ。綺麗な面にでけぇ傷こさえて、書生つったら、てめぇぐらいだもんな。そんなのがいくらもいるとは思えねぇ」
当ててはみたものの、しかしこれまで顔を合わせた憶えがないのにキョウジも気づいたのだろう。何故、と問おうとする雷堂に、丁寧にも、そのように説明を重ねた。言葉を重ねながら、鞘におさめるでもなく手にさげていた刀の血糊を、掌に巻き付けていた曝布で拭う。それから棺桶の縄を手放すと、血に汚れた布地を引き裂き、捨てた。
 どうもあれは見かけぬ刀だなと雷堂が見ているのを無視して、キョウジは「はぁ」とつまらなそうに息をついた。
「まぁ、どうでもいいことだ。おい、もう仕事はねぇから、ガキはとっとと帰んな」
刀を構えるでもなく、突き出すようにその刃先を向ける。先を揺らして、挑発するようにして雷堂を見た。
 ぎらりとした瞳の色は先ほどから変わらない。だが、闘う気はないのだろうというのは雷堂にも見て取れた。少なくとも雷堂と戦うつもりはないらしかった。興味を持たれていないのかとわずかに驚きつつも、雷堂は内心で安堵した。
「それとも、闘るか?」
 見透かすように鼻で笑われても、無視だ。目付役が唸り声をあげるのを目で制して答えてやった。
「──私闘をする気はない」
「はん、想像どおりでおもしろくもねぇな」
 雷堂の答えに、キョウジは腕から力を抜き、肩をすくめた。つまんねぇ、と避難するように呟く。その子どもじみているのに、雷堂は唇の端があがりそうになった。
「これは──性分だ」
「それがつまんねぇんだよ、阿房」
 結局、棺桶の上へ置いていた桐箱まで刀を納めてしまうと、キョウジはすぐに、もう一度棺桶を引きずりはじめた。
 ひどく重そうな音が、石畳を這い、雪駄の後を追う。
 だが、その様子に重みはさほど感じられないのが奇妙であったが、悪魔召喚師にそれは、褒め言葉と言えるのかも知れぬ。
 少しずつ遠くなっていく白い背を、雷堂はずいぶん長い間見つめていたが、やがては足下でもの言いたげに自分を見上げる目付役を見下ろして、こう言った。
「やはり、心配は無用だった」
 その口の端が歪んでいたか、または「うるさい」と猫が鳴いたかどうかは、二人ばかりの秘密である。
 
*雷堂世界で、雷堂と初代キョウジ。平行世界の初代キョウジは、普段の言動がおとなしかったりしないかなぁ。

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