続きはまた今度
 風の音と木の葉がざわめく音こそがヒトコトヌシの声だが、実際にはそのなかにざらざらとした微かな人語が混じっている。それが時折人の心に作用したり、デビルサマナーの耳に届くのである。
 擦れ合う葉の音に紛せたその声で、ヒトコトヌシはひっそりと耳打ちした。
 ふわふわと宙に浮いた仲魔から耳打ちされるライドウは、そっとそちらに顔を傾けた。
 ヒトコトヌシはどれだけの月日を経てもまだ慣れぬ──そのような言葉を話すようにはできていないのだから当然だが──人語で、懸命に囁く。囁き声はゆるやかに大きくなり、とうとうヒトコトヌシは宙で一回転してみせると、握りこぶしをつくるようにしてわめいた。
「うぉ、うぉれはみた、みた、みた!谷!山!!」
 支離滅裂に破綻するその言葉を、ライドウは拾い上げる。
 だが、それまでそっとモー・ショボーの頭を撫でていた手が、ヒトコトヌシに意識を削がれて止まった。
 膝から落ちぬよう腹にまわされた腕こそ緩んでいないが、ゆるゆるとした心地のよさに船を漕いでいた彼女が見上げると、ヒトコトヌシが喋るたびにそよそよと風をふきつけるのを楽しむように、ライドウは手を彼女の頭に置いたまま、まぶたをおろしたところだった。
 睫毛がすこしだけ風に揺れ、ほつれた髪がほんの少しだけ頬に触れる。
 じっと見つめる間も、モー・ショボーにはさっぱりよくわからない事を、ヒトコトヌシは懸命に続けている。ライドウはじっとそれに耳を傾け、時折聞き返した。
 ニンゲンはずいぶん根気強いのだなとモー・ショボーに思わせるぐらい、話は二人のあいだをいったりきたりしていた。
 つい先ほどまで──とはいえ、彼女はヒトコトヌシが管から出てきた事も知らぬほど船を漕いでいたが──ライドウに読み方を教わっていた本を一人で眺めるのにも飽きて、また眠気がモー・ショボーの意識をゆるゆると包んでいく。
 やがて、ほんのわずかにライドウの唇が笑む。
「そうか」
 言って、モー・ショボーの頭に置き忘れていた手をライドウはそっと取り上げ、代わりにヒトコトヌシの、頭部をかたどるような頭上に乗せた。木の葉と風は指を傷つけるでもなく、やさしくその掌を撫でた。
 ごうごうと喜ぶように、しかし嵐が生まれるように内部から風が通る。
 用が終わったのだからライドウがまたかまってくれるだろうとも思ったが、モー・ショボーは先ほどのライドウをまねるようにその風を楽しんで、目を閉じた。

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