お便り食べた
「拝啓 ○○さま
お加減はいかがでしょうか。
こちらは元気にやっております。」

 そんな書き出しで始まる書簡が、このところ銀楼閣へ毎月届く。
 白封筒には宛名も、差出人もない。住所と銀楼閣とだけ書かれた宛先のうち、住んでいるのは鳴海探偵事務所の者ぐらいで、つまり宛先として考えられるのは鳴海かライドウぐらいなものだが、封書を開けば、どちら宛でもない。
 端正な文字から、それは女性のものとわかるが、しかし少なくともこのように、例えるなら故郷の親類のような手紙を出す相手には、鳴海は一人も心当たりがない。
 前職ゆえに疑わしさがあるにはあったが、それにしては暗号が織り込まれているとも思えなかった。
 鳴海宛でなければライドウ宛という可能性もあったが、これをなんとなく鳴海は確かめられないまま封を切っては仕舞い込むことを続けていた。
 それがこれで、12通目。
 日にばらつきはあるものの、毎月欠かさず送り続けられたそれは、ライドウが帝都を離れた間も届いた。
 返答を期待するようではないが、その間の書簡では、どうもライドウ宛らしいような言葉も混ざった。決定的だったのは、今回の手紙だ。

『見かけぬと思っておりましたが、病で伏せられていたわけではないのですね。先日、貴方のお姿を久しぶりに拝見いたしました。壮健そうでなによりでございます。
声をかけることなどとても叶わず、しかしやはりこのような文を書いてしまう私めをどうかお許しください。』

 鳴海から差し出されたその手紙を、ライドウは抑揚なく読み上げた。
「な、心当たりあるか?」
 鳴海は手紙をこれまで隠していたことを短く伝えながら、尋ねた。
 にゃあ、と机に飛び乗ってきたゴウトが鳴く。ライドウは黒猫のほうへ視線をやり、言葉を濁した。
「おそらくは──自分宛の手紙です」
「そうか」
「今後は届かないでしょう」
「そんなことまでわかるのか?」
「これは悪魔からの手紙ですから」
 ライドウは微笑んだ。寂しい影の落ちた笑みだった。
「昨日、処分を聞きました」
 12通の封筒をそっと重ね直しながら、じっと静かな目でゴウトを見る。
「──あれは悪魔らしからぬ“人”でしたよ」
 批難するような言葉だった。ゴウトは抗議するようにむにゃむにゃと鳴いたが、それがどのような意味を持ったのか、鳴海にはわからない。

 その夜、銀楼閣の屋上にわずかな煙が昇ったが、すぐに風に溶けて消えた。


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