薄闇に潜む
 政宗にはこの世にあらざるものが見える。隻眼になった代償か、いつの頃からか幽世の世界が重ねて見えるようになったのだ。
 今でこそそれを受け入れて平然としていられるが、幼いころは恐ろしいものだった。屋敷のそこら中に見える魑魅魍魎は、とくに誰かの影であるかのように人に張り付いているものが多く、また、なにより己以外の誰にも見えぬものであるということがなにより恐ろしくてならなかった。右目の咎の一つのように思ってさえいたものだ。小十郎に幾度宥められたことか、今となっては数えることもできない。
 現世を跋扈している鬼の話をすると、鬼は人の心が飼うものですよと薄紫の口べりはくすくす笑った。小十郎も同じことを、と政宗が言えば光秀はますます楽しげに目を細める。
 そういえば光秀の周囲には小鬼が見えぬ。政宗はふと気づいた。小鬼はだいたいどのような人間の側にもいる。しかし時折そうした類いのものを一切寄せ付けない者も確かにいる。より身近なところで言えば小十郎や、好敵手である真田幸村などもその類いだ。しかしそれとは別に、どうやら暗い闇が包む光秀の周囲は、鬼でさえ近付き難いものがあるらしい。はて織田もそうであっただろうか、と思わず政宗は記憶を辿る。光秀は考え込んだ政宗の頬を労るように撫でて、震える声で小さく笑った。
「What?」
「ふふっ…あまりに、可笑しいものですから」
 何がかと顏をあげれば、可笑しそうに肩を震わせる光秀の背後から伸びる腕が、見えた。政宗は驚きのあまり声を失った。そして己のひとつきりの瞳が光秀ではなく、その腕へと吸い寄せられるのを感じた。腕、とはいえどもそれには肉がなかった。うっすらと黄ばんだ骨が光秀の背後から、まるで光秀の身体を拘束するように伸びている。背後から腕の主のしゃれこうべが見えそうで、しかし見えない。
「光秀、」
「小鬼風情がわたしに触れられるわけがない」
平然として言い切る傲慢さにより冷ややかなものを感じて政宗は瞬くが、その瞬間、それまで見えていたはずの腕はすっかりと影を潜めて消え、代わりに目に映る光秀は口調とは裏腹に目が醒めるほど柔らかく、この世のものとは思い難いほどに深い慈悲に溢れた表情であった。
 ――政宗には、この世にあらざるものが見える。
 ほとんど無意識に、政宗は光秀の腕を掴んだ。そこにはたしかに、血と、肉と、骨を備えたものの存在を感じられる。幻影ではない。痛いですよ、と笑うのをやめて困った様子で己の顏を伺う光秀に、ようやく安堵の息を吐いた。
 しかし、と政宗は思う。鬼やなにか、物の怪に実体がないわけではない。熱をもたぬわけでもないだろう。つまり結局のところこれがそれであるのか、今の政宗に確かめる術はない。それこそ今この瞬間に安堵をもたらしたものの正体さえ見えぬ眼には無理な話であった。
*光秀に鬼か、物の怪か、そういった人外の力が作用している人なのではないかなぁという妄想。それにしても文章がぐだぐだである(直せないのでこのまま吐き出すが)

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