駈込み訴えにかぶれた戯言
 俺は草だ。それ以外の何にもなれない。それ以上にはなれない。それで構わない。矜持などというものが必要であるというのならば、ただあの人一人の存在が確かであればいいのだ。もとよりまともな心なんてない。俺はただの忍だ。戦忍だ。真田幸村の背を守るただ一人の忍だ。それ以上になにを望める?何を望めばいい?だというのにあの人はひどい。ひどいお人だ。俺に心を持てと言う。そして与えてまでみせる。俺に名前まで望み、当然のようにそれを与える。すべて与える。そうしてすべて寄越せと言う。なにを言うかそれらはすべてあんたのものではないか。己のものなどというものは忍にはないのであると何度繰り返せばわかるのだ。この命からすべて俺というものはあんたのものだ。なぜそれがわからぬふりをして俺などを求めるのだ。俺を殺すのも生かすのもおまえの言葉一つでたりる。草を摘むのに草になにを尋ねるというのだ。草を人間だなどと戯れも大概にするがいい。ああ見るがいい、そのようなおまえの周囲の敵の多さ!知るべきなのだ、おまえを侮る者の多さを!しかしわからないのだあのお人は。あの人はひどい。本当にわからないのだ。ひどいことだ。残酷なことだ。あれはなにもわからないのだ。なぜ俺がこのように考えなければならんのだ。悩まねばならんのだ。きっと俺に心などもたせたのは俺をこうして傷つけるために違いない。悩ませ、苦しませ、血を流す俺をみたいのだろう。そうだ、そうだ、そうに違いない。だから俺などという草を選んだのだろう草ならば気遣いなど無用であるのだから。ああひどい奴だあの人は、あの人はひどい。あの人は俺をやはり草だと思っているのだ。俺が侮られれば我が事のように激昂するそぶりをするがそれは俺を揺さぶろうというものだろう。俺が心がないなどと言うので意地になって俺にあるはずの心とやらを探すのだろう。ははは、結構だ探すがいい。見つからぬと臍を噛むがいい。俺などやはり草であったと撤回するがいい。俺をただの忍にもどすがいい。俺に与えたすべてのものを取り戻すがいい。まったくあの人はひどい。ひどい奴だ。俺に心などというものを求め、探しているのだ。俺の腹をさぐり、二双の槍をあやつる両手で肉をわけ、骨をなぞり、血の中に指を浸して探すのだ。俺には痛みなどというものはよくわからないが、ひどい事にちがいない。なにしろその指が俺の血に穢れてしまう。そうだあのお人はひどい。ひどいことをする。あの、美しい指を穢すのだ。あの、穢れを知らぬ指を!あの指を穢すことに躊躇を知らぬのだ!ああおぞましい。醜悪である。あの人はわからないのだ。わからないのだ、知らぬのだあの人は、己の美しさを。そんなものには興味がないのだ。ひどい、ああひどいことだ。なにもわからぬから、俺の心などという戯言をああして口にするのだ。ひどい。ひどい。あのお人はひどい。本当に残酷な奴ですあいつは。あの人は罪悪そのものだ。だから俺はあの人を殺そうと思うのです。俺が、あの人の求めた俺が、あのお人を殺さなければならない。ああ俺はこれを畏れていたのに。あの人はひどい。ひどい奴だああだから殺してやらなければ。誰かに欺かれ穢れを知らぬあの魂を穢され殺される前に、俺は、俺があの人を殺さねばならない。ひどい。あああの人はひどい。ひどいお人だ。なにもわかっていない。わかろうともしない。罪悪です。ああひどい罪悪です。俺はあの人のために、俺の、ありもしない心を捧げねばならない。ありもしない心のおかげであの人を、あのお人を殺さなければならない。ひどいことです。あああの人はひどい。あれはひどい。俺はただの草だ。それ以外の何にもなれはしない。それ以上になどなれはしない。矜持だのという大層なものはひとつももっていない。何も無い。だというのに草になんという重いものを求めてくれたのだあのお人は。あの人は。あいつは――あなたは。
*太宰の「駈込み訴え」を読んでいてもたってもいられず。
ダブルパロディのなりそこない状態でなんという劣化みたいな感じだけどなんとなく形にはなったので吐き出し。10/21、7/8改稿。

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