疑うこともない
 織田信長の首が落ちた。謀反だ、と。同じ首を狙っていただけに、徳川が話のついでとばかりに口にするより先に政宗はその話を耳に入れていた。当然、謀反人である明智光秀が行方をくらましたということも。
 政宗は焼け落ちたという本能寺で信長の骸を見下ろす光秀を想像した。白髪に炎が照り返すさま、そして魂が抜けてしまったかのような表情などがすぐに思い浮かんだ。そのため、たしかに「そうか」と政宗は答えた。しかしその後それがどうしたのか、後を追ったか、どこへ行ったのかということは露ほどもわからなかった。ここにきてその頃豊臣が不穏な動きを見せていたらしい、という話を併せて聞いてもやはり「そうか」といった程度の感想しか漏らすことができぬほど、それらは想像のできないことだった。謀反を起こすだろうことなどわかりきっていた。想像もついた。しかしおかしなことにその瞬間以降のことはなにひとつ想像ができなかった。なにも光秀がその後の予定を語らなかったからではないだろう。どのように謀反を起こすかさえ知りはしない。実際のことなど政宗にはわからない。なににしろすべて、想像の域を出ない。
「どう思う、っつったってな」
「なんだ。おめぇらしくもねぇな、言葉を濁すとは」
「わからねぇもんはわからねぇよ。あれを大して知っているわけでもなし」
 客人である家康のまだ幼い容貌と、それに反した言葉遣いの間に挟まれながら、政宗は煙を吐いた。そもそも、話が脱線してなぜ明智のことなどを聞かれたのだろうかがわからない。単に魔王の首を狙っていた同志であるからなのか、気まぐれか。どちらにせよ今後の戦線に関わる大事かは疑わしいので意味のあることではないのだろうと思うのだが。
 家康は「俺も大した付き合いはなかったがな」と言葉を続ける。「だが思うことぐらいはあるだろう」
 言われて政宗は、気をそらすように手にした煙管の細工を確かめるように目を細めた。
「俺が思うことといったら、あれがどこかに留まっていられるほど殊勝なもんじゃねぇだろうってことぐらいだな」
「ほう。死んではいないと思うのか」
「さてな。こっちに飽きて川を渡ったと聞いても驚かねぇが」
  ははぁ、と勘ぐるような家康の視線を無視して、政宗はもう一度想像をした。しばらくして何事もなかったように姿を現してゆらりと笑う白い姿を。前触れもなく現れる白髪はありありと想像でき、まるですでにあったことのように政宗の胸へとすとんと落ちてきた。しかし願望めいたそれは単にあれの人間らしいところをすこしも知らないからそのように思うというだけで、実際には遺骸が見つかったと聞いてもやはり自分は「そうか」と答えて実感を知ることはないだろうと思えた。

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