大した理由もない
 振り向いた相手が誰であるのか、瞬時に判断し難かったのは仕方があるまい。なにしろ特徴的であった長い髪がすっかり短くなってしまっているのだ。それでも政宗が驚きに一つきりの目と口を丸くすれば、それは破顔して、適当な挨拶を述べた。その挨拶はとても間の抜けたもので、政宗は刀を全て鞘に納めてため息などを零してしまった。敵将に今にも斬り掛からん勢いの血気盛んな兵達を鎮めるべく小十郎へと目配せもする。小十郎は訝しげではあったが、右目としての役を十分に果たすべく頷いた。
「あんた一人か? 物騒な事だ」
 小十郎による人払いの後、二人きりになったところで政宗は光秀の側へと近寄った。政宗が歩くと自然に鎧と六本の刀が触れあって喚くが、光秀は立ち上がったところでたいした物音はしないことだろう。元よりそうした質のものではあるが、今などは武器のひとつも携帯している様子もなく、苔で所々緑化された岩場に腰を下ろして、なにをするでもなかったように見受けられた。
「おや、そうですか。今はどこに誰といたところで物騒なことでしょうに」
「他軍の領地だぜ、明智殿よ」
 大将首が獲物もなしかと暗に咎めたつもりであったが、光秀はわかったのだかさえ怪しかった。
「どうでもいいことです。それに、私のそばで小競り合いをはじめるあなた方が悪いのではありませんか」と光秀は平淡な調子で言った。森の中にひとつやふたつはありそうな、岩がいくつか横たわるばかりの小さな平野で、政宗にはなんの変哲もない場所に見えたが、光秀には違かったのかもしれない。それから、腰を下ろしていた岩肌をその白い指で撫でる。
「許可が必要だったか?」
「許可!」
そしてそれに対して政宗が首を傾げればなにがおかしいやら光秀は腹を抱えて笑い出した。臓腑のない死人のように細い腰が折られ、髪がさらさらと流れるように動いて右の目元が露になる。それでも震える肩に踊る髪がないことがやはり異様なことのように思えて政宗は目を細めた。手甲をつけたままの腕を伸ばし、露になっている首筋の白さを確かめるように撫でる。光秀は冷たいと文句を言いながら笑うのを治めた。目尻に涙がうっすらと滲み、肩はやはりまだ震えているが、穏やかな笑みだけで政宗をみた。
 じっと自分を見つめるふたつの瞳をひとつきりの瞳で見つめかえして、政宗は言った。長い髪の落ちてこない首筋に、しかし髪はどうしたなどと訊ねる気が起きない。どうせ理由など他愛のないことのようにも思えた。例えば、自分が立場も忘れてここまで残党を深追いしていた理由のように。
「会える気がしたから足を伸ばした、と言ったら――喜ぶか、あんた」
光秀は一瞬驚いたような顏をしたが、唇の端だけで小さく笑って「ずいぶんなお戯れですね」と囁くように答えただけだった。応とも否とも答えない。ずるいやりくちだと思えたが、光秀らしいことだった。政宗はじっとねめつけるように視線を送り続けたが、やがて根負けをして息を吐き、真似をするように唇だけで笑って返した。
*先日の妄想でもちらっと光秀を短髪にしましたが、短髪は短髪でそれはそれで萌え、と思うのです……「髪がね!ぶわっとなるところがね!」とか熱く語ってしまうわたくしですが……(……)

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