Full moon
ライドウは身体を宙で回転させ、長い足を進行方向へと鋭く伸ばした。
靴の裏で鼻先を強かに打てばオルトロスの咆哮が闇夜に響いたがライドウは瞬きひとつせず、蹴った反動を利用してさらに黒い身体を再び宙へと跳ばせた。そして腰元の刀を抜きながら着地をする。月光を浴びて刀身が静かに輝き、反射光が白い顏をわずかながら照らした。「まだ醒めないか」ライドウは訊ねたが、唸るばかりで血と唾液をだらだらと地面へ零すオルトロスは黒尽くめの書生に飛びかかろうと低く身を構えるだけだった。仕方なく刀身を反転させ、刃を己側に向ける。「――オルトロス」そしてもう一度呼びかけ、飛びかかるオルトロスの懐へと素早くもぐりこむと刀でその横腹を打った。その鋭さに哀れな悲鳴が獣の喉から漏れ、その巨体は重心を崩し、仰向けに落ちた。
「目は醒めたか、オルトロス」
抜き身を下げたままのライドウは息をつき、仲魔に訊ねた。するとようやく昇りすぎた血が引いたらしく、幾度か唸りながら起き上がる合成獣の視線が、主の視線に対して申しわけなさそうに彷徨った。「オルトロス、」それから再三の呼びかけに、オルトロスは遠吠えのような返答と共にマグネタイトの発光をわずかに残して溶け消えた。
「まったく世話が焼ける」
ライドウが刀を鞘へと戻すと、闇夜の中で輝く宝石のような瞳を光らせて、猫がごちた。腕の中へと飛び込んでくるその闇の毛皮を撫でながら、ライドウは答えた。
「仕方が無い――満月だ」
「フン、おまえも疼くか?」
ライドウが目をみはると、猫の口元が意地悪く笑ったように見えた。