悪趣味
 幸村の記憶違いでなければ、佐助の怪我自体は重いものではなかったはずである。しかし熱が長引いていた。
 長の熱はまだ下がりませぬ、と今日も頭を垂れる忍びの一人に、幸村は謀られているのではないかと疑い、手酷く詰問しそうになるのを堪えた。
「しかしもう十日も過ぎよう」
幸村は言った。忍びである故、佐助の軽口を聞かずに日々が過ぎるのは珍しい事でもないが、しかし同じ城内に居ながらしてこのように長く顔を見ることもないとは、どうにも覚えがない。
「命に関わる大事ではないのか」
「御座いません」
「ならば俺が顔を見るぐらいはよかろう」
「毒が移る――と、長が赦されませんで」
「ふん、それほど軟弱ではござらんわ。しかしすると、まだ意識はあるのだな?」
「夢現のようですが、御座います」
「ふむ」
 幸村は首を傾けた。
 痺れを切らせて尋ねた三日前から同じようなやりとりを繰り返している。どの忍びに尋ねようとも、結局はこのとおりなのであった。よもや忍び衆が一丸となって欺いているのではないかと疑いが深まるのだが、疑いの言葉を向けるより先に、皆一様にこのようなことを言って話を終わらせるのだった。
「長はお主様の様子を夢うつつの中であろうと毎日お尋ねになりまする。頭の中も、うわごとから察するに全てお主様の事ばかりにございます」
 常套句であると幸村自身思わなくもないのだが、しかしなぜかいつもそのような事を言われれば、靄のようにはっきりとしない感情が不思議なほどに膨れ上がり、「そうか」などと言ってその場では満足をしてしまうのであった。
 そしてその理由に気づくのはさらに十日経ち、佐助が姿をあらわすまで先になった。

「長らく御心配おかけしました」
 けろりとした様で姿を現した忍びに安堵して幸村が破顔すると、佐助は幸村の前で胡座をかいて、頭を下げた。
「先の陣でのご活躍、なによりでございました」
「おまえも――」
 佐助の不遜な様子と畏まった言葉に笑みを漏らしながら、幸村はふと思いついた。「そうか」と合点がいったのに思わず呟き、佐助に訝しげな顏をされる。
「なに、どうしたの旦那」
「いや、俺は単純なのだとわかってな」
「……何、今度は旦那が熱でも出たの?」 佐助は瞬きの後、身を乗り出し、手のひらで自分と幸村の体温を比べた。
「出ておらぬわ」 幸村は額に添えられた佐助の手を取りながら答えた。小袖姿の佐助は当然手甲の類いもつけてはおらず、当然ながら久しぶりに生身の指に触れることになる。そのわずかに低い体温を捉えると、すぐに熱が移せるような気がして幸村は指を絡めた。今更ではあるが、これが熱を出していたのなら、見てみたかったと思わなくもなかった。
「どうやら俺は、おまえがこのように俺のことばかり考えていることを他人から改めて伝え聞くのが面白かったらしいのだ」
「はい?」
 幸村は言い切ると、困惑した佐助の顏をじっと見た。驚きに目をみはる黒い瞳に自分が映っていることがおもしろく、嬉しいと思うのを幸村は素直に受け容れ、はははと薄く笑った。
「なに、おまえが俺を想うのは当然だが、改めて言われるまで忘れておったと気づいてな」

*図らずも柴錬先生の影響が出て妙なちゃんぽんキャラになってしもた……ような……あれ…?

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