密やかに燃える
奥州へ向かおうと馬に乗れば、どうしたことか霧が出る。一度や二度ならば天の気まぐれと思えたが、立て続けに起こればさすがの幸村も疑うものがある。
「あの霧はおまえの仕業だろう、佐助」
霧が出たのでと引き返せば、朝餉も取らずに出かけようとした罰でしょうよと笑って膳を示した忍びは、幸村が食べ始めるのを合図とばかりに、主君へ膝を突き合わせるようにあぐらをかいた。そこには悪びれた様子がすこしもないので、もしや思い違いで悪いことを言ってしまったのではと幸村は思わず自省しそうになった。しかし佐助はけろりとした顏で言った。
「まぁ否定しませんがね」
その声に、下がりかけた頭を跳ね上げて、思わず凝視をする。しかし自分が箸と茶碗を持ったままであることにふと気づき、慌てて膳へとそれを納めてから、改めて幸村は佐助の顏をじ、と見据えた。
「やはりお前か」
佐助はふてぶてしいとも言えるほどなんの感情も見せないまま視線を返す。戦化粧をしていないからか、表情の硬さは多少抜けているのだが、かといってその顏には柔らかさもない。佐助は沈黙のまま数度瞬いてみせると、はぁ、と言葉にため息を混ぜた。
「ていうか旦那ァ、いい歳しておべんとつけてんの、みっともないよ」
「む」
自分の口元を指してみせる佐助に、幸村は思わず釣られて口元に手を添えた。しかし指先に米粒が触れることはなく、佐助が声をあげるだけだった。
「ちがうちがう、右だよ。あーもうだから、そこじゃなくて、もっと上だっての」あたふたと指を滑らせているのを見かねて、とうとう忍びの指先が伸ばされ、米粒を拭い取られる。「なんで飯の世話まで見なきゃなんないのよまったく」
「おお、すまんな――いや、それよりも、佐助。何故霧など出したのだ」
「何故ってそりゃ、だって俺様旦那のこと好きだからさァ――」
すんなりと答えれば幸村が目を丸くしたのが面白かったのか、佐助はニヤリと笑い、指先についた米粒をぱくりと食べた。
「嫉妬にかられて意地悪もするってもんよ」