灯せず、燻る
 小十郎の畑の前で、客人はなにをするでもなく佇んでいた。すこし視線が落ちてはいたが、畑のどこも見てはいないのだろうことはあきらかで、小さく吹く風に白い髪を吹かせるまま、上着を羽織ることもせず、案山子にもなりきれぬ様子だった。
 冬の兆しがある今、そのような軽装で外を彷徨うのは彼ただ一人と言って良いほどなのに、震える様子さえもない。
「明智殿」
 政宗はその横顔をしばらく傍観していたが、一層強く吹いた風に、目を細めながら声をかけた。
「客に風邪引かす訳にはいかねぇんだが、いいか」
すると一拍遅れて、光秀は顔をあげた。
「ああ、これはこれは……御迷惑をおかけしてしまったようですね、政宗公」
それからやや緩慢な動作でにこりと笑みをつくってみせた。まるで寝起きのようで危うい姿に政宗は肩をすくめてみせた。
「No problem! 大したことじゃねぇ」と歩み寄り、組んだ腕にかけていた羽織を差し出す。そうして「せめてなにか羽織ってくれ」と言うと、礼の言葉と共に光秀はそれを受けとった。そうして見れば、渡した墨染めの羽織のせいで、受けとる肌の白さが目立つ。それになによりむきだしの肌が一層の寒気を誘うのか、見ていればぞわと背をなぞるものを感じて政宗は誤魔化し半分に目を閉じた。
「寒くねぇのか」
「さて、どうでしょう――?」
「わかんねぇのか」
「はい」
「おかしなヤツ」
「ふふ、よく言われますねぇ」
 軽い言葉の応酬の後に沈黙があり、政宗はいつだか小十郎が言っていたことを、瞼の裏に浮かぶだけ思い出した。ここに在るもの。いくつも上げられる名前は人のものではない。なにしろここは竜の右目が丹精こめて作り上げている野菜の居住地だ。「悪いがここには、なにもないぜ」
 言ってすぐに、瞼をあげる。そして案の定向けられていた視線を、噛み合った音のしそうなほどしっかりと捕らえ返す。意識もせずに口角があがる自覚があった。
「――少なくともあんたが期待してるもんはひとつも、埋まってねぇ」
 するとそれが気に入られたらしく、あははと無邪気に笑い出した光秀は羽織りの襟をたぐりよせながらふるふると小さく身震いをした。それは寒さに耐えかねての仕草のようにも見えたが、その頬には確かに歓喜の色があった。光秀に羽織らせた羽織りの一部、烏の濡羽色で秘かに刺した刺繍のように姿を見せたそれがひどくじれったく思えて、政宗はたまらずにため息を吐いた。は、と吐き出した息は少しばかり白く濁った。

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