草を打つ
 彼は蛇の化身ではないだろうか、と色素の薄い横顔を見ながらお市は思った。
 柔らかな物言いでお市の望んだ桃の枝を差し出してくれた明智は、いつもそれと分からぬ程に微かな笑みをうかべている男だが、例えば首をかしげるように頭を傾ける癖がある。そして、気を紛らわすかのようにぐるりと首を回す仕草を時折する。その都度にぽきりと音が鳴りそうな気にさせるくせに、お市はまだその音を聞いたことがない。また、座している時はそのようなこともないと言うのに、立ち上がればなにやらくにゃりと芯の無い躯をしているようで、頼りない立ち姿がまるで幻のように危うく感じられるのだ。
 このような人物が戦場に、しかもあの兄の下で、あの兄の手足となって戦に出るのか、と思うとお市は不思議な心持にさえなる。
 たしかに、戦場での戦いぶりは遠く聞く限りでも長政に渋い顔をさせるようなものがあるのだが、それは決してお市の知るこの人物と重ならない。
 しかしその眼を見ていると頷くに足る何かを感じるのも事実である。音もなく隣りへ腰掛けた明智の、やや猫背気味の背を視線でなぞるように見、そしてひどく緩慢な――お市にしてみればそのようなつもりはないのだが――動作で顔を見定める。銀糸のように色のない長髪が、常のようにやはり今も明智の顔半分をすっかり隠している。隠れた右目も色のない、髪に似た眼球をしていたと思う。どこを見ているのか判別しがたいようなのに、なぜか見定められればそれとわかる瞳だ。
「……明智様は……蛇なの……?」
 思わず呟けば、明智が眼を丸くした。そして「おやおや」と喉を鳴らすように小さく笑い出し、「あなたの兄上は狗とおっしゃいましたが」と目を細めた。
 すうと細められる目が一瞬だけ兄にも似た剣呑な色を帯びたような気がして、お市ははたとその顔を凝視する。しかしそれきり穏やかな顔は崩れることもなく、春の陽気から少しばかりの温度を除いたような笑みで光秀は長政の到着まで黙り込むだけだった。

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