秘め事
 相手の肩を掴むように身体を倒し、起き上がろうとする狐の面ごと頭を押さえつけ、幸村は無理矢理に口を吸った。舌を吸い、歯列をなぞり、噛み付くように唇を幾度も重ねれば息もあがる。とくに天狐はこのようなことになるとは思っていなかったのだろう、慌てた様子で腕を突き出し、幸村を引き剥がそうと幾度も試み、指先まで金属で尖らせた手甲をわずかに幸村の肩へとつきたてさえもした。しかし本気でその指先を幸村の血に濡らす気は起きぬらしく、故に全力で天狐を押さえつける幸村の腕力にその微々たる抵抗が敵うはずもなかった。
「天狐殿は――某の想い人によく似ておるのです」
 こどもの抵抗をゆるく拒絶するかのようにやさしく、肩を押し返す手首を掴む。あれの手首もこのように細いのだろうか、と幸村は思う。あれほど側にいるというのに、あの手首を掴んだ事はないのである。普段は手甲に潜む指先までも見た事はあれども、あれの手首を、腕を掴んだことなど幸村にはない。もちろん、このように自分の下にあれを倒したこともない。口を吸ったこともない。このように触れたことなど、ないのだ。
 ひどく似た容姿をした狐面の忍びが、己の忍びに重なる。それは、幾度夢に見たかわからぬほどに焦がれているものに他ならない。だから、これは他人であると思いながらも腕を繋ぎ止めてしまったのは故意に他ならなかった。昂った精神が欲情に変わることは稀ではない。しかし今、ここにはそれだけではない悪意があるのだと幸村は自覚していた。似ているということは、本人ではない。本人ではないのならば、たとえ恨まれようが蔑まれようが耐えられる。浅ましくも幸村は、そのように思ったのだった。そしてそう思えばぷつりとこれまでなにもかもを繋ぎ止めていた糸が切れてしまうのを感じた。
「この想いを貴方にぶつけるなど道理に反したことではあるとわかっておりますが、しかし――」
 言いながら幸村が彼の喉元に唇を寄せれば、天狐が顎をあげて息を飲み、その喉が震えた。その微かな反応にさえぞわりと背筋をなぞるものがあり、幸村は熱を吐くように息をつきながら、腕の中に捉えた哀れな男の、肉のない尻から腰を撫で、呟いた。「このような劣情を抱えたまま、あれのもとへは帰れませぬ」
 よくも舌が廻る! どのような言葉を並べたところで許される所業ではあろうはずもないというのに!
 そのように思うのも確かに幸村の本心であるというのに、裏腹に指先は忍びの衣服を弄る。胴丸の緒を解き、胴締めを解き、嫌がる脚を押さえつけて装束を剥がす。とうとう「嫌だ!」と悲鳴もあがったが、その声さえも似ていることが幸村には恐ろしく思えて、己の指を口内へと挿し込んで、声を出さぬようにさせた。噛み付けば良いものを噛み付くこともできぬらしく、ただ哀れに呻く声が震え始める。ああ今、これの顏を見たい、もしかすると顏も似ているやもしれぬ、とほんの一瞬思ったがすぐに、考えを打ち消す。顏を見るのは恐ろしい。狐面の下でその睫毛は濡れているのだろう。このような乱暴を許す人間などはいようはずもない。いくら耐えられると思おうとも、憎悪に満ちた瞳を向けられるのは得意ではない。得意ではない、が、この衝動も堪えられない。ああ俺はまったく人でなしだ、と思いながらも幸村はやめなかった。
 下履きも解き、胸から腹を覆う黒布一枚さえもめくりあげる。日を浴びぬ白い腹に唇をよせると、皮膚の下で腹筋が強張る。それも愛しいと思うのはこの人を佐助と思って触れているからだと思うと、目眩がしそうなほどの興奮が襲った。数えきれぬほど大小さまざまな傷痕を残す肌に幾度も唇を滑らせ、甘く歯をたてる。吸い上げたはずみにちゅ、と音がすると今更ながらに羞恥がやってきて幸村の顏をそれ以上にないほど赤く染めたが、それでも止めようとは思わなかった。止められようはずもなかった。体の内で目の前の肉を貪れと獣が吼えるままに、突然に人を組み敷く青年への恐ろしさや嫌悪などで強張る忍びの哀れな身体を蹂躙するだけだった。
 脚を開かせ肩に乗せ、太腿を撫でるように抱えて、すでに頭をもたげ始めていた彼の性器に触れる。自分の指先よりも熱いと思いながらそれを指で輪をつくるようにして力を入れずしごけば、硬度を増してすぐに先走りの雫を零した。その猥らさに思わずぎゅうと幸村は目を瞑り荒い息を吐く。血は沸騰して、頭の中は白くなってゆくのに、肉体は行動を止まることを知らず浅ましい欲のまま動き続ける。
 されるがままに喘ぐ声と唾液が、押し込まれた幸村の指に阻まれながらもとろとろと唇の間から溢れていく。幸村は言葉もなくただ、彼が吐精しないように根元をしめつけるため指の輪をしぼり、中指を伸ばして菊門を揉むように押し撫でる。そしてそのまま指を押し込もうとすれば、思い出したかのように脚や腕が暴れ出そうとしたが、無視をして指を挿し込んだ。すると口の中に差し込んだ片手の指に、とうとう歯があたる感覚があった。しかし健気にまだ噛むまいと堪えているらしく、その顎が小刻みに震えるので、幸村は悪戯心で指先で舌を掴んでやった。ぬる、とした指触りが逃れようと懸命にもがく。口内に溜まる唾液をうまく飲み込むこともできなくなった天狐はとうとう頭をふり、赤い髪をばらばらと乱した。涙声なのであろうくぐもる声がしかし幸村の欲情をさらに誘う。きっと、きっとあれも、俺の指は噛まぬだろう。だからきっと、このように赤子のような抵抗を試みるのではないだろうか。そう思うとそれらの所作が途方もないほどに愛おしくて、愛おしくて仕方がなかった。
 ああ、あれもこのように乱れるのだろうか。あれも、このようにあの赤い髪を乱して、喘ぐ声も殺そうと努めて、抵抗もしきれずに、身体を開くのだろうか。わからない。知らない。知りたい。けれどできない。ああ、この人はこんなにも似ている、けれど! 天狐の反応ひとつひとつに、組み敷くどころかこのように熱を混めた意味合いでは触れた事も無い相手を重ねて興奮が募る。それでも好きだ、好きだと言葉を繰り返すことは何故かできずにただ、無言で指を押し進め、太腿の内側を舐め、吸い、愛撫だけをする。そうこうしているうちにふと忘れかけていた指による彼の性器への戒めを解けばすぐに、張りつめていた天狐の精が弾けてどろどろと幸村の指から腕、そして頬に散った。吐精の余韻のようにびくびくと身体を震わせ、声にもできずに達した彼の身体が弛緩する。
 暴発した銃のように弾けた精にわずかながらの罪悪感と驚きを覚えながらも、幸村は素早く、彼の口へ押し込んでいた指も、菊門を暴いていた指も抜き取り、乱暴にその身体を反転させた。そしてあれと同じ赤い髪を掴み、逃げ出すことも忘れている腰を掴むと、もどかしく自分の腰帯を解き、下履きも千切るように性急に脱ぎ捨て、腰を、彼の尻へ押し付けた。
「ひっ…ぁ」
 一拍おくれて身体を強張らせ、逃れようと空をかく指先を遠くに伸ばす彼を押さえつけると、幸村は再び強く、目を瞑った。こうして身体を重ねたいと想うほどに強く焦がれているくせに、好いておると言うことさえもできない。できない、というのにこのように身代わりを見つけ出して贄のように貪っている情念が、己のものであることが今更に恐ろしかった。
「さ、すけ……!!」
杭を打つようにして滾った雄を押し込みながらたまらずに名を呼ぶと、天狐はわずか一瞬だけ、凍り付いたように感じられた。しかし幸村がそれと確信できるほどの間もなく、すぐに吐き出された大量の精に彼は背を弓のように反らしてもう一度達した。
 そうして強張りを解くように力なく落ちて行く背を見下ろしながら、幸村は何故か、どうかこの狐面の下の顏を見ることがなければいい、と思った。

*なんだかいつもよりもだらだらとねちねちした文章におつきあいいただきまして、本当にありがとうございました…

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