そうして積もる
 光秀と褥を共にしたきっかけがなんであったのか、政宗はあまりよく覚えていない。酒でなかったことだけは確かだろう、と酒を好まぬ客人の箸がまた一つ小鉢を空にするのを見ながらぼんやりと記憶を辿るのだが、一度解けた糸を同じように結ぶ事は難しい。
 光秀の髪が畳に散り、薄い唇が愉悦に歪むさまを思い出すことはできる。日焼けを知らぬ病的な肌色の青白いこと、思いのほかしっかりと肉のついた身体をつかんだ瞬間のことも、指を絡めればはじめて驚いた顏をして、呆れたような吐息を漏らしたのだという記憶もある。だが、どうしてそのように光秀の上へと腰を降ろし、指を絡めるように髪を引き、唇を合わせたのかというところだけが抜け落ちているのだ。近くで見る光秀の虹彩がひどく淡く色のないものであることに安堵を覚え、項を撫でる骨張った指がゆるく首を絞めることさえ許し、祈るように彼の右瞼に口を寄せた瞬間ひとつひとつの熱や息さえ覚えているのに。
 もやもやとわだかまりが募る胸内に顏をしかめていると、食事を終えた光秀がゆるゆると首を傾け、唇をつりあげるようにして笑った。
「そのように熱の籠った瞳で見つめて、どうなさるおつもりです」
 膳を静かに横へずらし、対峙する城主へ身を乗り出した光秀の肩で、白髪が音もなく滑り落ちる。武装していない光秀の肩は見慣れないせいか頼りなく、元よりたいしてない光秀の武人らしさをさらに削いでいる。指先で押しただけでも後ろに倒れそうだと思い、政宗が己の思考に呻く代わりに目を閉じるとすぐ、囁き声が続いた。「政宗公、」と名を呼ばれるだけでじわりと広がるものがあり、堪え性のない政宗は音もなく近づいていた光秀の手首を掴み、脈を噛むように歯をたててから、ゆっくりと左目を開けた。
「どうもする気はなかった、が」
 それでもあがくように言葉を区切ると光秀は嬉しそうに言った。「わたしが誘った、と?」そして空いた手を政宗の胸元に添え、着物の合わせをなぞるようにした。
 誘った。確かにこの瞬間はそうだろう、と政宗はその焦れったい指先を噛みちぎってやりたい衝動を覚えたが、実際にはどうであろうか、とも思った。姿を見ながら記憶を辿り、勝手にこちらが情欲を思い出しただけではないか。
「あんたは、いつもこうだな」と忌々しい気持ちも滲む言葉を向けて、掴んだ腕ごと光秀の身体を引き寄せる。上体を引かれたために足が崩れ、不安定な体勢になったのも気にならぬらしい光秀は、しかし手首から政宗の歯が離れると残念そうに目を細めた。そして力を抜き、見かけより重みのある身体を遠慮もなく政宗へと預けきると、自分の手首を掴む指に唇を寄せた。
「貴方が望むからですよ――」
 ふふ、と囁く吐息がわずかに指先を湿らせる。その覚えのある感覚に、はじめからこのように誘われていたのだったかと政宗は記憶を重ねようとした。しかしやはり記憶は繋がらず、結局そうして身体を繋いだところで思い出す事はできなかった。

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