毒を映す
「明智殿」と平常から変わらぬ少し皮肉めいた表情で自分を呼止める久秀に会釈をして、光秀はさて何用かと小さく首を傾げた。
 久秀が光秀に声をかけるのは珍しい。否、光秀から声をかけることもないのだから、そもそも二人きりで顏を合わせ、また、言葉を交わすことが稀である。
「何か、御用でしょうか」
「なに、大したことではないのだが卿の意見を聞きたくてね」
「意見、ですか――さて、どのような」
 足音もなく間合いを詰める男をじっと色素の欠けた瞳で見つめ、問い返す。光秀の瞳が自分だけを捕らえるのを見て、久秀はふ、と唇の端にわずかな愉悦を滲ませた。そして元より低い声をそっと落とし、囁くように言った。
「卿は神仏を信じておられるか」
 久秀には似合わぬ言葉だった。あまりにも突飛な質問であったので光秀は「神仏?」と鸚鵡返しに呟いた。すると久秀が「おや」と不思議そうに言った。
「卿でも驚くことがあるものなのだな……いや失敬」
 じ、と見つめられ、しばらくして光秀は自分が目を丸くしていたことに気づいた。
「――あなた自身はどうなのです?」
 光秀は目を細めて、柔らかな仕草で傾けた首を直しながら薄く笑い返してやった。「私は……あなたが信じておられるのと同じ程度は、信じているかと思いますよ」

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