まるで知らぬふり
 まるで自分の居城のように寛いだ青年の様子に呆れながら光秀が息を吐くと、政宗は上機嫌な顔を向けた。その毒気のない顔にもう一つ溜息を漏らすと、手招きをする。
そして「なんです」と光秀が律儀に側へ寄ると、ちらと外に視線をやった。「静かなもんだ」
倣ってみれば、湖面が日光を反射してきらきらと瞬いている。「――喧しいほうがお好みですか」
噂に聞くところの政宗の趣味からするとやや外れたもののように思えたが、どうやら気に入ったらしかった。政宗は光秀の問いに否と返すと再び光秀に顔を向け、己の膝に肘をついてわずかばかり首を傾けた。
「……にしても、あんたがいるにしちゃ、おもってたよりromanticなとこだな」
 言葉の意味するところもよくわからなかったが、その上機嫌の理由も光秀にはよくわからなかった。
思っていたより、と多少の不満を滲ませたように言ったくせ、政宗の唇はにんまりと笑みの形を崩さない。
「ろま……? 申し訳ないが南蛮語はわかりかねます」
「Ah-まァ、なんだ。もっとおどろおどろしいとこかと思ってたぜ――なにしろアンタは魔王殿の腹心だしな」
「それはどのような偏見ですか」
「偏見か? 小十郎なぞ魔の巣窟に違いなかろうと喧しかった」
「おや、それは心外ですねぇ……しかし貴方、それを振切ってきたのでしょう? まったく、貴方のせいで奥州での私の心証は悪くなるばかりのようだ」
「なに、構わんだろ」
 その言い切りにまるで見透かされたようで口を閉ざすと、「悪いな」とすこしも悪びれたようすのない謝罪が向けられる。
「律儀なことですね……露程も思ってはいらっしゃらないでしょうに」
と言葉を返せば、今さらながら、視線が絡んだ。
そしてそれは解き方を忘れたように解けず、「まぁな――そもそも」と政宗がそっと掌を伸ばしてくるのがわかっても、光秀は視線どころか身体ごと動かずにいた。
「俺は誰にも……俺の趣味にとやかく言わせる気はねェんだ。だから、他人の心証なんざどうでもいい」
 政宗はじっと見据える光秀の右目をさらすように、垂れている長い前髪の下に掌を滑り込ませて右頬を撫でた。触れられるのは別段嫌いなものではない。しかし好き好んでされることでもない。そう思うが、それでも好きなようにさせるのは単に政宗の触れ方は拒絶する気がおきないからだった。向けられている視線がまるで刃を交える瞬間に交錯する視線にも似た色を帯びているからかもしれない。
 光秀が「――いいご趣味だ」と吐息混じりに唇を歪めると、政宗は「そうだろ?」といらえを返して唇をつり上げた。そして光秀に向けていた視線の熱を、細めた瞳の奥にすんなりと潜ませてしまった。まるで童から玩具を取り上げるようにつまらない、簡単なことのように。

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