焦慮せし内腑のうちより
 倒れ込むようにして、片手に籠る力のかぎり布団の上へと政宗の頭を押しつけた光秀は、身動きがとれないようにと彼の腹の上に膝を置いた。背後からの槍で左腹部を挿し抜かれたのだと聞く。なんとまぁ大将首にはあるまじき失態だ、と光秀はおもしろく思って足を向けたのであるが、こうも簡単に畳へ伏す独眼竜の姿はすこしも愉快なものではなかった。
 右目が眼光鋭く襖の前を陣取るのも無視をして躊躇なく上がり込んだそこでは、政宗は布団の上で胡座をかいてはいるものの、肩から落ちかけの羽織りを直す気力もないのか、脂汗を滲ませた顏をわずかに俯かせていた。手負いの獣が世界の全てを敵視するような張りつめた空気もなく、そこにはただの歳若く愚かな隻眼の男が今にも気絶しそうな体でいるばかりであった。
「――なんです、その様は」 わずか一瞬呆気にさえとられ、しかし気に入らぬ独眼竜の塩梅に眉をよせて光秀は問うた。
「光秀、か」
対して、情けないところを見られたと苦笑して何事かわからぬ言葉を小さく呟いて顏をあげてみせる政宗は気丈に振る舞おうとしていることがありありと見てとれたが成功しておらず、ますます光秀の気にいらない。
 であるからずかずかと歩み寄って頭を捕らえ、そのまま引き倒したのである。
「ッて、め…!」
 頭がくらりと揺れているだろうにも関わらず反射的に呻いて畳をかく指を押さえて、腹の上に置いた膝へと体重を移す。血を吐くのかと思うような咆哮が漏れ、襖の向こうで主の名前を呼ぶ右目の声がかかった。
「なんでもありませんよ」と振り返ることもなく締めた襖の向こうで膝をたてただろう片倉に光秀は返答をした。見返す政宗の左目は歪み、覇気など感じさせてはくれない。
「独眼竜ともあろうものが情けない」
「るせェ、んだ、よ」
「拗ねているのですか」
弱々しく怒鳴る政宗に掛ける圧力が増すように膝へ力を混めると、傷口が開いたのだろうか血の匂いが薫った。しかし光秀を昂揚させるはずのそれは今は何の意味もなく、それどころかこれもまたやはり光秀は面白くないと感じた。
「さぞや手負いの獣同様に毛を逆立たせていることだろうと期待してみれば、このような有様……無様としか言いようがありませんね。そのような傷一つがなんだというのです。腑抜けてしまうにも呆気ない。不快極まりありませんね。独眼竜ともあろう者がその気になればこのようにこの場で殺すことも容易いなど。つまらない。あなたなどに期待をしてしまったことが口惜しい……丸腰で戦に出た童でも、もっとうまく――やることでしょう」
 捲し立てながら、光秀は自分の眉間が深く皺を刻むのがわかった。胸の奥に溜まる不快感が徐々に息を詰まらせる。
「――何故、」
 そしてとうとう光秀は言葉を詰まらせた。政宗の頭を押さえていた自分の指が震えていることに気づき、手を離す。手を見、それから「何故」ともう一度繰り返し、政宗を見れば、ゆっくりと顏をあげる政宗の眼光がようやく剣呑な光を帯びた。
「……みつひで」
 かすれた声で名を呼ぶその視線に瞬き、光秀が頭を振れば政宗が押さえられていた指を逆に絡めとり、爪をたてた。強い握力を持つ指先とは思えぬ程度ではあったが、短い爪が皮膚に食い込み、光秀に今さら逃げるなと言う。
 政宗は遣わしげに再び声をかけた右目に向かって「入るな」とはっきり言い捨てると、もう一度光秀の名を呼んだ。そのまるで懸想相手を呼ぶように柔らかな声に光秀が瞼を閉じると、立てられる爪がわずかばかり緩んだ。

<<return.

*Using fanfictions on other websites without permission is strictly prohibited * click here/ OFP