元旦
 昼も過ぎた頃になって顔を出した鳴海は、卓上に並ぶ料理に瞬きをして、感嘆の声をあげた。
「ライドウがこんなに料理が上手いとは知らなかったね」
御節料理など、一体いつぶりだかわからない。懐かしくて重箱の隅から隅まで覗くように見る。こんな大層な重箱などどこにあったというのか知らないが、中身も負けずに立派なものである。
「作れませんよ」
「なに?」
 しかし事も無げに答える声に振り返れば、皿をもって炊事場から出てきた涼やかな貌が全てを物語っているように思えた。
「大家さんに戴いたんです」
御節料理というのは初めてです、と付け加えるライドウの整った顔は心無しか穏やかで、大家の頬を染めたに違いないと鳴海は嫉妬であるのか羨望であるのかわからぬような感想を抱いた。まったくもってこの書生は憎らしいと思うことさえ馬鹿げるほど、端正な貌である。くわえて物腰も丁寧なのだからたまらない。
「――なるほど」
顔をしかめながら呟くが、ライドウは気にした様子もなく丁寧に重箱の中身をいくつか選び、小皿へと盛っていく。
「先程味見をしましたが、美味しいですよ」
そしてしゃがみ込み、小皿を机の下に置いた。ゴウト、と書生が猫の名を柔らかく呼べば、黒猫が音もなく棚から飛び降りて、皿の前へとやってくる。豪勢な飯じゃないか、と相変わらず猫に甘い書生をちらと伺い、鳴海は一時も崩れぬその美貌に改めて溜め息をついた。
思わず「まぁおまえにあげるもので失敗したもの寄越す人も、いないだろうよ」と溜息に混ぜるが、猫の首もとを撫でながら顔をあげる書生はわずかばかり不思議そうに首を傾けるばかりだ。
「? いりませんか?」
「いやいや、いりますよ、いりますとも。俺、伊達巻きとか好きなんだよねぇ」
 誤摩化すように椅子に座れば、すぐに書生も同じように椅子を引いた。ぴんと伸びた背筋がこんな日まで着込んでいる学生服で強調されているのをみて、鳴海は「まったく」と口の中で呟いた。初めて見た時から今日までとうとう書生は変わらず、悪魔退治と云って出かけたと思えば怪我を負ったり、ずいぶんな日数を留守にしたりと忙しないが、忙しないからなのか帝都に染まり切ることもなく、何事も不変的であった。来年の今頃もこうしているのだろうか。ヤタガラスからの連絡がないのでさっぱりとわからないが、もしもそうだとすればやはりこの書生は来年も変わらずに十四代目葛葉ライドウという名を背負ったまま、悪魔退治で傷を負ったり留守をしたり、どこであっても学生帽は片時も脱がず、品行方正を地で行き、周辺の女学生の溜息を誘い、正月にはこのような御馳走のおこぼれを鳴海へ与えることになるのだろう。
「では、」
「はいはい」
 ライドウに併せて「いただきます」と声を揃えて合掌をする。
 元より大して事件のない事務所ではあるが、鳴海探偵事務所はこのように元旦の今日も平和である。

*あけましておめでとうございます

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