雷鳴は聞こえるか
 肌を熱が灼き、刃同士が噛み合って小さく火花が散る。振り上げた鎌の刃先がそれを弾こうとした銃身よりも早く頬肉を撫で、いくらかを削ぐ感触に光秀は歓喜し、笑った。
「光秀ぇえ!!!!」
 しかし一喝する信長の呼び声にぞわりと興奮が満ちると同時に、苛烈な魂が駆ける様が脳裏に蘇った。蒼く色鮮やかな戦装束を、帯びる雷電を、そして皮肉の色を滲ませる唇を思い出す。自分を睨みつける双眸に応えるように「信長公」と呟きながらも、胸の内には外来語の音で笑う青年の面差しが去来し、光秀の白いばかりの胸の内に色を流すようだった。しかしこれを恋しいというのか光秀は未だ知らぬ。はははと喉から零れる笑いを殺すことなく、撃たれる魔弾を骸に受けさせ、切り込まれる剣は鎌で振り払い、刃先が腕を掠めようが髪を切ろうが構う事なく躍る。
「もっと! もっと! もっと!!!! ああ信長公――不快でしょう? 憎いでしょう? 腹立たしいでしょう!? わたしを殺したいのでしょう……!」
「笑止! 貴様ごとき、露程にも思わぬわ……!」
 言葉とは裏腹に憤怒に満ちた声が、銃弾が、一閃が光秀に向けられる。
 光秀はこの上ない幸福を感じて、瞼さえ閉じた。笑う瞼の裏に蘇るのは何故か今には似つかわぬ蒼と、迸る雷光のように鮮烈な白だが、光秀はそのことさえ愉快で、さらに笑った。
 払い、
 打ち、
 斬り、
 受け、
 振りかぶり、
 撃ち、
 弾く――。
 嗚呼、と感嘆の声を漏らせば背筋を快楽の波が走り出し、光秀はこれ以上なく歓喜の色をその顔に映して、もう一度対峙する男の名を呼んだ。そして「あなたのことだけを考えられないことが、残念でなりませんね――」とわざとしおらしい声音で囁けば、背後で焼け落ちた梁が落ちた。
 貴様、と周囲を燃やし尽くす炎のように強く激しい憎悪を向ける信長に微笑みかける。
「悔しいですか……?」
問うたところで答えはないが、代わりに銃弾が飛んでくる。赤い外套をなびかせて踏み込んでくる信長に向かって、ははっと光秀はもう一度笑った。
 床板もそろそろ、火が廻る事だろう。愉快で愉快でしかたがなかった。光秀は記憶の中の青年が昂揚しながら戦う様を思い出して自分を重ねたが、もちろん雷鳴などは聞こえるはずもない。

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