宵に酔う
 静かに盃を交わす。このようなやりとりはもっぱら元親の狭い自室で行われる。考えてみれば元親は毛利の城へ足を踏み入れたことがほとんどない。何故かといえば酒でも飲むかというような穏やかな話になると「では我が行こう」と毛利から言い出すからである。用心深いことだ。そしてやはり、今日もそうであった。
 酒を手酌してやると、戦人とは思えぬ指先がそっと盃をその口へと運んでゆく。元親はすっかり格好をくずしながらそれを見つめた。
 毛利の端正な顔は性別を超越して美しいものであると元親は思う。今のところこれをしのぐほどに整った顔を目にした覚えがないので、そうなのだろうと思う。しかし顔を合わせてからずっと能面のように色のない、ただ整っているばかりでおもしろみがない。澱みのない、無駄を排した喋り方も整列された兵士を思わせてつまらない。しかしそのくせ無造作に胡座をかいてみせるあたりもなにやらおもしろくない。しかしおもしろみに欠けることそのものがおもしろくもあった。自軍からは神かなにかのように畏怖の対象であり絶対的に孤高の存在である毛利元就という男は、しかし海賊崩れの長曽我部元親の前ではやはりただの人である。
「なんぞおもしろいことでもあるのか」
 じっと見つめている隻眼に痺れを切らしたのか、毛利がただでさえ細長い切れ目を細くし、剣呑な色で元親を見る。毛利の沸点は高いようでとても低く、元親が考えもなく不用意な発言をしただけでそれを越してしまうほどなのである。失念していた。元親はさてどうしたものかと思う。毛利を怒らせるのは得策ではないことは考えるまでもない。しかし困った事に元親は毛利を怒らせるのが好きである。感情を剥き出しにした毛利は好ましい。おもしろい。
「いや……」
 言葉を濁しながら元親は考える。怒らせるのが好きだ。だが怒らせるべきではない。だいたい今、怒らせてしまうのは、つまらないことだろう。しかしそう考えて言葉を切ったのを見通してなのか、毛利が小さく笑った。皮肉っぽい笑みがわずかながら唇を歪ませる。端正なつくりのぶんだけ、自分の笑みが冷たさを増すのをわかっているような笑みだ。
「どうせくだらぬことを考えていたのだろう――は、まこと馬鹿な男よ」
「なんだい、てっきり怒るかと思ったぜ」
「それこそくだらん。酒が不味くなるだろうが」
考えもつかぬか。まぁ貴様のような破落戸にはわからぬか……と毛利は心なしか弾んだ声で言い捨てる。含むような笑いがその喉の奥で小さく響いているように聞こえた。珍しい。元親が驚いていると、毛利は幻聴でなくくつくつと震える喉を押さえるようにしながら今度こそはっきりと唇をつり上げた。
「さて、酒が切れたぞ。鬼の銘酒とやらは持ってこぬのか? ふふ、しかし田舎者の酒がどれほど旨いというのか……」
「――あんたのそういうとこは、嫌いじゃねぇんだがな」
 一瞬呆気にとられ、惜しいこったと呟いて元親は笑った。そして背後の襖を叩くと酒を持ってくるよう頼んだ。「とっておきの持ってきやがれ!」

*ちょっと仲が良さそうな瀬戸内。しかし我が家の瀬戸内はカップリングではない…

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