An End Has a Start
 政宗は明智光秀のことを大して知らぬ。刃を合わせたことはあるが、それだけでは少しも腹の見えぬ男であったというぐらいなものである。故に、光秀が山崎で落ちたという一報も、もちろん起こしたとされる信長への謀反失敗の報と共に届いたが、しかしそんな混乱極まる織田に間髪を入れず豊臣が攻めこんだと聞いてはすぐに記憶の隅へと追いやるような些末なこと――のはずであった。
 その晩、政宗が自室に戻ると、黒い装束に身をつつんだ男が、誰もいないはずの暗闇のなかでぽつりと月明りに淡く照らされるようにして腰掛けていた。思わず腰の刀に手をかけ、しかしその顔を見て政宗は息を飲んだ。
「明智、光秀――?」
 驚きのあまり名を呟けばゆるりと微笑む影が頭を下げた。
「これはこれは――独眼竜、ご機嫌麗しゅう……」
 肩にかかった髪がするすると流水のように流れ落ちる。
 人形めいて整った顔立ちと相俟って、美しいがなんとおぞましいものよと政宗は思ったが、しかし考えたところでそれは結局光秀がここにいることとは関係がない。その姿形がどうであれ、それはなんの理由にもなろうはずがないのだ。まるで現実から目をそらすようではないかと政宗は自分を内心で叱咤しながら眉をひそめた。極力、自分の焦りが見えぬようにと意識をする。
「Ah....客人を招いた覚えはないが。アンタ、なんでこんなとこにいるんだい?」
 だが、有り得ようもないはずだ。問いかけながらも、その結論が政宗の胸をざわめかせた。そんなわけがあるか。この場に何故、それも今、この男がいるというのだ。死んだのではなかったのか。
 しかし問いかけに光秀は緊張感のない様子で、「さて…」と柔らかく首を傾けた。
「それが――よくわからないのです。ここが貴方の城、ということは随分と遠くへきたようですが」
光秀はなにも覚えていない。思い出せない。気付いたらここにいたのだ、と言った。そして、さらに言うならばあなたが来るまでここがどこかもわかりませんでしたよ、などとも言った。
 その要領を得ない回答に、これはまさか自覚がないのかと政宗は舌を打った。
 実際のところ、死んだことを自覚せぬとどうなるのか政宗は知らぬ。否、知っているものなどいようものか。だが実体のない霊魂とやらであれば、不可能なことはないように思えた。ここに現れた理由はわからぬが、ここにいる説明はつくように思える。
「アンタな――死んだんだろ?」
かといって、霊魂とやらならば厄介に思えた。実体がないものをどうすればよいのかなど知るわけもない。それを考えれば実体があるほうがまだ楽なように思え、政宗は「そう聞いたぜ」と言いながら指を伸ばし、その肩に触れようと試みた。だがやはりダメであった。指は光秀をすり抜け、白く滲むばかりである。
「……そのようですね」
 透ける己の身体に、わずかではあったが光秀も驚いたように言った。
しかし実のところは少しも困ってなどいない様子で、「おやおや、これは困りました」などと笑ったまま続けるのだった。

*書いた私にも死にネタなのかなんなのかわからぬのです…

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