当たり前のことだけど
 かすがという忍びがいる。里を抜けて上杉の忍びとなった甲賀忍である。忍びらしからぬ金の髪に体の線と肌を露にした装束の美しい女人だ。慎みを知らぬとでも言うような破廉恥極まりない格好ではあるが、主のために生きているのだとわかるその眼に、幸村は自分をみたように思ったことがある。だからそれを幸村は敵国の忍びながら好ましいとさえ思っている。
 そして時折感じることだが、敵国のその忍びを、どうやら幸村の烏もよく気にかけているようだった。
 そうした気遣いは忍びらしからぬ、しかし佐助らしいことなのだが、同郷のよしみにしては近すぎるように思えるほど、それは時折その眉をひそめさせるのである。
 いつもたいして気にならぬのだが、幸村はなぜかふいに問いたくなった。
「お前、かすが殿を好いておるのか?」
「――はい?」
「好いておるのか、と聞いておる」
「かすがって、あのかすが? 上杉の? どうしてまた」
 幸村は自分の問いにきょとんとする佐助に頷き、しかし理由はわからぬので正直に答えた。
「わからん。急に気になったので聞いたまでのこと」
「あ、そう。ふぅん」
「どうなのだ」
「さて、ねェ――好意はあるけど」
「けど、とはなんだ。勿体ぶるな」
「そういうんじゃなくて……だって、それがどういう好意かは、わからねぇもの。答えらんないね」
まァ、勿体ねぇとは思ってるかな。と付け加えながら眉を寄せる。どういう意味だとさらに問いたくなり、幸村は佐助の顔を覗き込んだ。
わずかに伏せられた瞼の下の瞳は、とても忍びらしい色を映していた。
「お前、」
 ――これはきっと彼女を殺す事を考えたのだ。
ふいにそれがわかり、幸村は口を閉じた。そして何事かと忍びの口が尋ねるより早く、甘えるように頬をそっとすり寄せた。佐助は間の抜けた声をあげて身動ぎ、しかしすぐに困ったように身をよじった。くすくす笑いが滲む。
「こそばゆいって、旦那ァ」
 平気ではずんだ声をあげる佐助に幸村はうんと唸るようにひとつ答えて、しかしそのまま目を閉じた。すると程なくして「変なの」と溜め息をついた忍びの指は、瞼を降ろして凭れかかる主の髪をゆっくりと撫で始めた。

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