爪紅
 黒く染められた爪は思いのほか光秀の指に似合って、政宗の気を良くさせた。
「乾くまでdon't touchだとよ」
 言いながら、小壜に添えられた小さな添え書きの文字を目でなぞる。南蛮から取り寄せた品のなかにおまけとして混ざっていたそれは、爪を染めるものだという。そこで、色こそ異質なものであるが、なるほど爪紅の西洋版か、と戯れに客人の爪を彩ってみたのである。
 おとなしく指を差し出していた光秀は両手のまじまじと見つめて、興味深そうに見つめている。角度を変えたところで大差はないのではないかと思うのだが、首を傾げるようにして太陽へ手をかざす光秀の様子が歳不相応に幼くて、政宗はますます機嫌を良くする。
 掌のなかでもてあましていた硝子瓶を畳の上へと放り投げて、光秀の手をとった。
「見せてみな」
 白く、長い指先は冷たく、黒に染まった爪は浮いて見える。しかし見慣れればずいぶんとしっくりくるのだろうな、と政宗は思う。光秀は色素に欠けた男だが、墨色がよく似合う。大きめの爪は短くもないが長くもなく、指先からすこし尖った曲線が見える。手甲の下に隠れた、遊女のように伸ばされている爪は、これでますます武人らしからぬ様子になった。息を吹きかけてからその表面をそっと撫でる。つるりとした、独得の手触りがある。爪と指の境目に指の腹を押し付けるようにして撫でていると、光秀が笑うのがわかった。
「気に入ったか?」
 政宗は顔をあげて、されるがままに手を出している光秀をみた。
 光秀は唇の端で笑っていた。
「あなたはお気に召された御様子で……」と自分の感想こそ言わないが、ふふと笑みが零れるのを隠さない。
 政宗はニヤと歯をこぼすように笑み、塗料の匂いが残る黒い爪へ唇を寄せた。
「まぁな」
そして「食えそうにないところがいい」と笑いながら、ゆるく逃げようとする手に誘われて、その指を食んだ。

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