罪ではないが
 毛利元就の思うままに長宗我部軍は翻弄され、疲弊し、憔悴さえしていた。それでも勝った。勝った。大将である元就の命を、元親の槍が貫いた。そうして、勝った。
 元就の胸元を貫いた槍を引き抜くと、赤く染まった戦装束と防具を貫いたそれは血肉と骨のかけらを零した。激痛があったろうに、ひどく涼やかな顔で瞼を降ろした元就の美しく整った顔とでは別人の身体のようで、元親は他人事のようにまったくひどい骸だ、と思った。ひどく軽いその骸を抱えて浜辺から脚を踏み出せば、支えていなかった元就の腕が、抱える元親の手を逃れて水面を打った。
 それから半年がたつ。
 しかし半年という年月が経った今でさえ、元親の耳には残っている声があった。倒れる元就の姿を間近で見て、元就様、と呆然と呟いた毛利軍の誰かの声が嫌に耳に残って離れない。元就様。その響きが離れない。半年前、毛利軍はそうして崩壊した。毛利元就というただ一人、唯一の君主が倒れたことであっけなく崩れた。皆一様に、現実から急に放り出されたかのようだった。決して脆弱ではなかった。ただ、そのように脆かった。国はそうして滅びるのかと思うほどあっけなく、中国地方は元親のものになった。
 元就、と元親は胸の奥で呟く。下の名を呼ぶことはついに一度もなかった、と思いながら呼ぶ。元就。そうしていれば、隻眼の、眼帯の下に閉ざされた瞼の裏でならば、その姿が見えるように思えた。しかし一度も毛利元就の整った顔は見えない。
 ただ、今となっては元就がどのような声をしていたのかさえ思い出せないというのに、耳に残っていた。元就様。その声だけが離れない。

*勝っても空虚

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