在る
 いない、ということに違和感を覚えない。それに気がついて、不思議なものだと思う。佐助、と名を呼ぼうとして喉にひっかかる。瞬間、そうかあれはここにおらなんだと思い出し、その不思議にはっとする。
 佐助は今頃奥州だろう。文を届けさせた。大事な文だ。佐助にしか頼めぬと思った。だから託した。送り出した。張本人であるのだから、それを忘れたりはしていない。
 しかし。
 血油で鈍る刃に舌打ちをして、しかし幸村は槍を離さず、よもや切れにくい刃を打つように翻して新しい骸を作った。切れぬ、と思えば刃に走る炎が血油を溶かし、より濃く燃える。切り付ければ、肉が炭になる手応えに変わってきた。しかしきりがない。鎧を砕き、炎を灯し、骸をいくら積み上げても戦が終わらぬ。地獄のようだ、と幸村は思う。だが考えてみればいつも、戦が終われば周囲はこれと大差がない。ひどく頭が冴えている自覚に、はっとする。いつものことではなかった。いつもならば、なにも見えない。戦が終わるまで、幸村の意識はただただ周囲に命をもつ敵がいるか否かに集中してしまう。炎が、燃え盛る自分の命が命ずるままに骸を積む。山をつくり、火をつける。燃やし尽くす。けれど今、本能的に行うその作業に意識が向く。しかしこのように戦中に他のことを考えるのは初めてかもしれぬ、と幸村は思った。
 血が跳ねる。肉を割く。手応えに身体が躍る。このようなことを愉しむ俺は鬼子であろうかと幸村は思って、なにやら途方もなくうれしくなった。あれは今ここにはいない。送り出した。しかし俺がどれほど忌み嫌われようがあれは結局俺の側を離れぬのだろう。そんなことを考えて、唇が知らぬうちにつり上がる。
 俺は戦うのが好きだ。ごちゃごちゃと考えるのが嫌いだ。何かを考えるのはお前の役割であろう――佐助。なぜここにおらなんだ。送り出したくせに、そんな風に思った。
 いらえが返らぬのを承知で、腹の底からその名を吼える。不思議なことに、すぐに背後で大烏の羽ばたく音がした。

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