残るのは空虚な痕
 そらした視線の先で畳に残る爪痕を見つけた。おや、と思って政宗は書面を捲る手を止めた。
 近づいて見てみると、それは深いものではなかったが、たしかにひっかき傷であった。畳の井草を掻いた指は同じ場所を幾度も掻いたらようで、擦れて複数の傷になっている。それでも爪を置いたのだろう位置に指を置いてみる。そのまま、ぼろぼろの畳の目をそっとなぞると、記憶が重なった。
「あ」
 思わず声をあげて、その記憶をたぐり寄せる。血の気のない肌にぞっとするほど映えた黒く染めた爪。気に入って、政宗は畳の上に逃れるように伸びた指を絡め取った。思い出せば、その時にすでに光秀は爪を立てていたように思えた。何かを押し殺すわけでもなく、喘ぎ声さえも楽しげに聞かせる光秀がこのように痕が残るほど爪を立てるとは意外であったが、なるほどこの痕はあれの爪痕であるはずであった。思い起こせば、ここで抱いた。あなたがあまりに押さえつけるものだから、と不服そうにした光秀の肌に薄く残った畳の目を撫でたことを覚えている。あの時は気がつきもしなかったが、こんな土産を残して行っていたのか。
 政宗は爪痕に沿うように爪をたててみた。当たり前だが、完全になぞる事は出来ず、政宗にできることといえば、爪と指の間で、途切れた井草の目を確かめるだけだ。
 自分のように短く切り込みすぎず、武人としては長く伸ばされている爪であるから、こうも簡単に痕がのこっているのだろうか。このような痕を残されるならば、いっそかかった圧力に耐えかねてでも、その爪が折れてしまえばよかった。
 ざり、と爪で痕をわずかに強く掻けば、すでに壊れかけていたその目が壊れる。よく目を樵らしても、黒い塗料の痕は見えない。
 これが誰のつけたものなのか知っているのは互いだけなのかと思うとはがゆくなって、政宗は歯を噛んだ。

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