I'm home
 ゴウト、とぽつりと呟くライドウの声を拾って、鳴海は顔を上げた。見れば、ただでさえ白いライドウの顔が、学帽の下で血の気を失っている。何事かと自分をすり抜けて背後に向う書生の視線を追うと、窓の向こうに一羽の烏が見えた。そして電線で羽を休めている烏の瞳がライドウの視線と噛み合って煌と瞬き、その瞳の鮮やかな緑色に気付いて鳴海が思わず立ち上がるのと、ライドウが窓際に駆け寄るのは同時のことだった。
 ライドウは窓を壊してしまうのではないかと思うほどの勢いで窓を開けると、迷いもせずに窓枠に足をかけた。おそらく、通りを歩いている通行人も急に押し開かれた窓と、そこから飛び出そうとする書生の姿にさぞ驚いたことだろう。折り畳んだ長い足で窓を蹴り、外へ飛び出そうとする書生を、鳴海は慌てて引き留めた――鳴海探偵事務所は二階にあるのだ。いくら悪魔召還士といえど、そのような場所から飛び降りて何事もないとは鳴海には思えない。それになにより、誰かに見られでもしたら『鳴海探偵事務所は見習いの書生が窓から逃げ出すほどひどい待遇』などという陰口が広まる可能性があった。それは困る。おおいに困ることだ。
「ちょ、ちょっと待てってライドウ!」
「離してください!」
「落ちつけって!」
 だが悪魔を力づくで調伏するのを生業とした十代の若者を窓から引き離すことは退役軍人の鳴海にはもはや難しいことで、結果としては二人して床へ倒れ込まなければならなくなった。
 しかもその拍子に腰を強かに打った鳴海が思わず腕を緩めると、ライドウは隙を逃さず起き上がり、再び窓へと駆け寄ろうとする。そうはさせまい、と鳴海もあわてて書生の細い身体を捕らえ直した。
「だから、飛び降りてどうすんの。烏と違ってライドウは飛べないだろ」
「ですがゴウトが、」
 顔を付き合わせ、互いの思惑に対して必死で抵抗をする二人を嘲るように、烏がカアと一声鳴いた。
 揃えたように二人して窓を見れば、窓際へと降り立った烏が、大きな嘴を開いてもう一声鳴く。その緑色の瞳は、たしかに書生に連れ立っていた黒猫そっくりであった。緑色の目をした烏など聞いたことがない。やはり本当に、もどってきたのかもしれない。改めて鳴海がそう思っていると、鳴き声に応えるように、格闘していたライドウの腕の力が解けた。
 あまりにも劇的に失われた抵抗に、思わず視線を烏から書生の顔へと戻せば、項垂れた彼は学帽の鍔に隠して、強く目を瞑っていた。苦しそうに寄せられた眉根は、泣いているようにも見える――まるでうまく泣けていないその表情に、そういえばこの書生はまだ子どもであるのだ、と鳴海はなにやら自分の必死さがばかばかしくなった。年上らしく、今は慰めてやるべきなのだろう。そのように思って、肩を優しく叩いてやった。
「ゴウトちゃんがなんて言ったか知らないけどさ――まずは“おかえり”って言ってあげなよ、ライドウ」

*実は最近ようやっとクリアして超葛葉モードはじめています…ということで一度書いてみたかったED後。

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