凍みる
「しかしまぁ、こうなりゃ真田は安泰だね。下手すりゃ逆に跡継ぎで一揉めするかもだけど」
 夜伽を命じる幸村も慣れたもので、忍びの肌に触れる緊張はまだいくらか残しているものの、あたふたとした情けない誘いはこのところない。それどころか、このところは熱っぽく自分の手を握り、口説くようにさえするので、男前と茶化すのも忘れそうになるほど、幸村は佐助の心臓を跳ねさせる。欲目があるとはいえ、忍びでさえそうなのだから、年頃のお嬢さんなどひとたまりもない事だろう。この人に惚れない姫君などがいたら、見てみたいものである。
 組み敷かれ、唇を吸われて、大雑把ではあるが、やさしく接してくれる主は所謂有望株というやつである。佐助はまったく勿体ないことだな、と思わずにいられない。この粗末な身を望んでくれる幸村はまだ、自分に甘えているだけのようにも思えるが、このように身体に触れられる度、佐助は思う――自分はほんとうに果報者である、と自覚するのだ。このようにして毎晩のようにせがまれるのは嬉しくもあるが、孕むことのできない肉体が受け入れる贅沢さに、佐助が若干の後ろめたさを感じているのもまた、事実であるからだ。
「話が見えぬぞ」
 妙なことを言いながら笑う忍びを、幸村は不思議がった。佐助は不思議そうにする幸村がなにも考えていないことを、思わず笑った。
「なに言ってるの、お馬鹿さん」
 色事に過剰反応をして毛嫌いしていたことを思えば、このように積極的に人を抱こうとする幸村の様子は、一時期はどうなるのだと佐助まで案じていた世継ぎの問題を解決するであろうと考えるには十分すぎた。
 幸村のこども。きっと自分も世話の一端を担えることだろう。いつか誰かの腹から生まれる、主人の血を継ぐ小さな命。想像するだけで、佐助の胸の内がほわりと温かくなる。きっとかわいらしいだろうと想像するのは、なにやら少し楽しかった。
「まぁ、でもそうなったら俺様にも子守りまわってくんのかな。旦那にかまうこともなくなるだろうから、逆に忍び仕事に専念できるかな」
「――? よくわからぬが、おまえはややを孕ぬのだろう? 縁のない話でござる」
 しかし幸村は平然と、そんなことを言った。もっともな話である。なにしろ佐助は女子の肉体を持っていない。ややを産んでくれと頼まれる方が心外であり、また、困った事態といえる。だが、それでも佐助はそのような言葉を幸村から聞くことになるとは、思ってもみなかった。そしてもちろん、その言葉にこのように自分が驚き、気落ちするなどと考えたこともなかった――それどころか身もわきまえず、“こんなにしつこく抱くくせに”などとまるで非難めいたことを考えるなどとは。
 幸村がそうしてはいけない理由などないと言うのに。
「――ま、ね」
 佐助はふいにひやりとしたものが胸の奥に広がるのを感じながら、どうにか応えた。自分の感覚がすっかりおかしくなっていることに驚きながら、しかしどうにか声がおかしくなってしまわぬように気を配る。
 幸いなことに声がおかしくはならず、気付かなかったらしい幸村は頷くようにしながら、佐助の首筋へと鼻先を埋めた。それは夜伽を始める幸村の癖だった――今はまだ、佐助しか知らない。だが、いつか、この人のこのような癖を知る姫が現れるのだろう。わかっているはずのことであるのに、それを思うと少し寂しいように思った。しかしかといって冷静になろうとすれば、それどころか甘い幻聴さえもが聞こえて、佐助は急速に深まる自己嫌悪にいよいよ腹の中がひっくりかえりそうになるのを感じた。
 ――孕んでしまえば良いのに。
 いよいよひどい幻聴だった。愚かしい。そんなことを、彼が言おうはずもないのに。
「ふふ、」
まったくひどいザマだ、と幸村の頭を両手で抱えながら佐助はくすりと笑いをこぼした。するとなにを思ったか、幸村も嬉しそうに笑う。その甘さにすがるように女々しいことを思う自分の胸がはやく凍り付いてしまえばいいのに、と佐助は笑みで目を細めながら秘かに願った。

*色々すっとばしましたが佐助がぐるぐると一人で悩んでいてくれればいい…という歪んだ感情のもとでできたはなし。

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