ゆるしてね
 前触れはなかった。ふいに襲ってきた圧力に、長政はなす術もなくただただ屈服した。
 甲冑の下で骨が折れ、砕け、内蔵を潰し、肉と皮を突き破る。絶叫して長政が膝をつき、隣を見れば、いつの間にか音もなくその場にぺたりと座り込んでいるお市の足元から、黒い影が満ちていた。彼女の影の内から伸びた黒い闇の触手。それこそがつい一瞬前に自身の身体を掴んでいた大きな手であることは間違いがなかった。長政は幾度もその光景を見てきたのだから――しかしだからこそ、信じられず、長政は見開いた目を瞬かせた。
「い、ち……、」
 だがお市は、長政の見慣れたように眉根を寄せてさえいなかった。
「赦して、ね……?」
それでも笑うことはなく、ただ変わらずにか細い声が奮え、黒目がちの瞳から、ほろりと涙が零れる。
 長政はその哀れな様子に、自分への仕打ちも忘れた。泣くな、市――そうと言おうと眉間に皺を寄せた。だが喉には声の代わりに血が込み上げて、長政の言葉はついに音にならずに解けてしまった。
 そうして芯を失って長政が倒れ込んだ地表へ、血が染み込んで行く。
 お市はずいぶんと長い間声をあげることもなくそれをじっと見つめていたが、やがてはのろのろと立ち上がった。

*こういうルートもありえたんだよなー…と……。

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