降雨に混じり
 佐助がなにやら消えてしまうように思って幸村は忍びの腕を掴んだ。しかしそれは勝手な思い込みに違いなく、何か理由らしい理由があったのかと問われれば否である。そして細い細いと思っていた腕はたしかに太いものではなかったが、しかしそのように掴めば確かに芯のある骨と、しなやかな筋肉を供えた腕であった。幸村は肉刺だらけの掌で佐助の腕へ触れただけだというのに、そのように意識をすれば胸の奥がなにやら落ちつかぬような心持ちになった。
 ばしゃばしゃと泥水が袴に跳ねるのも厭わず駆けてきた主に佐助はしばし呆然としたのち、痕が残るほど強く掴まれた腕を開放するように、呆れた様子で笑った。
「なに、そんなに泥跳ねさせて……年甲斐のないお人だね、お馬鹿さん」
 だが、その両眼を覆う瞼に巻かれた包帯の合間からは、薬草の色をした泥が雨に滲んでいるままである。くすくすと笑う唇ばかりに目を向けながら、幸村は胸の奥が苦しくなるのを感じた。降り続ける雨粒は佐助の頬を伝い、唇を濡らし、顎を伝って滴っている。自分も同じように雨を滴らせている自覚はあるが、佐助は赤毛をすっかり濡らしていた。
 馬鹿は一体どちらだと眉を寄せる幸村の顔など見えぬくせに、佐助はくすくす笑うまま幸村の頬を撫で、眉を撫でた。傷痕のいくつも残る指先が、するりと雨に濡れる肌を撫でるのはなにやら心地よく、幸村は思わず瞼を降ろした。
「おまえこそ、阿呆め。雨が降っておるのだぞ」
「わかってるって。こんだけひどい雨に気付かないわけありますか」
「何を。濡れ鼠が生意気でござる」
「生意気って、あんたねぇ……」
呆れた様子に「阿呆め」と短く言い返しながら、幸村は佐助の両目を覆う包帯の上を撫で、今度は壊れ物を扱うように手首を掴んで、軒下へ誘う。しかし佐助はするりと空気に溶け込むように幸村から逃れて、「ごめんね」とだけ言い残してその場から消えてしまった。

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