都合の良い事ばかり言う
「お前の噂はあまり聞こえて来ねぇ」
 政宗はつまらなそうにそんなことを言った。子飼いの者に探らせたところでろくに情報が流れて来ない、とまで文句をつけた。
「それはそれは。お褒めに預かり恐悦至極――」
 まるでそのように文句をつけるのが当然の権利であるかのようなその態度に、光秀は思わず笑ってしまった。筆を持つ手が震えそうにさえなるのを堪えて、口元を抑える。
 だが、くすくすと笑うと、政宗の眉間に皺が深まった。
「褒めてねェ」
「何をおっしゃるかと思えば――ふふ。当たり前の事でしょう。あなたに動向を伝えてどうすると言うのです」
「あんたばかり知っているのが気に食わねぇのさ」
 もはや使えぬ、錆びてしまった刀の柄をなぞりながら、政宗は言った。
 おそらくは、文もなく訪れた自分をさも当然のように出迎えたことを言っているのだろう、と光秀は思った。なるほど、たしかに居心地のよいものではないかも知れぬ。しかし、それはなにも光秀のせいではない。忍んだところで派手な立ち回りを控えぬ奥州の竜はなかなかどうして噂に事欠かぬ人物であるし、他の領地から自軍へ向う者があれば何より速く駆けるのを仕事とする者を、光秀とて一人や二人飼っている。それは当然の備えである。奥州に行けば、政宗とて光秀がそちらへ向ったことなどすぐに伝わることであろう。
「おや。私に非があると――? ひどい事をおっしゃる。あなたが派手な行動をお控えになればよろしい」
「派手かい?」
「さて。少なくともこちらに届く程度には」
不思議そうに言うこの竜は己の持ち合わせる物に対して相応の自覚がないのだろう。若いものだなと、墨の乾きをたしかめながら光秀が目を細めれば、政宗は所在なく柄をなぞっていた手を止めて唸る。
「つまらねぇことだ」
そこで光秀はようやく筆を置き、答えてやった。
「しかし丁度良いでしょう? なにもかも透けてしまうようならば、顔を合わせる口実さえなくなってしまう」
 口実の一つもなければ互いに顔を合わせることなどろくにない。そもそも同盟軍でもない双方で戦以外に顔を合わせる理由など、ありようはずもないのだ。政宗は気付かぬふりをしたかったようだったが、光秀がそのように平然と言いきったのにとうとう耐えかねたらしく、舌打ちをして、もう一度「つまらねぇな」と呟いた。

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