泣き出すようにくらり
「なんなら、抱きしめてやろうか、竜の旦那。母親みたいに」
佐助はそんなことを言って笑った。緑色の迷彩服に身を包んだ忍びはそうして猫のように笑い、まるで政宗の気を試すようだった。この忍びはいつもそうで、政宗の内面に潜むやわらかな場所を探っては、爪をたてる。それが忠義からくるものであるのかはわからぬが、そこにはいつも、明確な敵意と嫌悪があった。今のように、政宗がどのような状態であってもそれは変わらぬことである。
 しかし政宗はその感情を向ける忍びが、このところなにやら気に入ってさえいる。俺は悪意を向けられるように生まれてきたのだ、と思いながらもその訪問を受け入れる。きっとこの密会は真田幸村も知らぬであろうと思うとなおさら愉快である。
「――そこまで落ちぶれた覚えはねぇがね」
それでも、政宗はじと睨み付けてから答えた。人を睨みつけることがこれほどに労力を必要とするとは知らず、すぐに目を閉じてしまう自分の身体を恨めしく思いながら、言葉だけは続けた。
「生憎、俺はあいつみてぇにガキじゃねぇんだ。知らなかったか?」
すると佐助は嬉しそうに目を細めた。こうした些細な、飄々とした様子に紛れるように潜んだ仕草だけならば、これは光秀のようだと政宗は思った。明智の笑みのように、腹の見えぬ、ただの薄ら笑み。忍びもあれも、そうしたところがよく似ている。だから気に入るのかも知れぬと思えるような笑みは、政宗も時折、対峙する誰かの瞳の中で見つけるものである。
 知ってるけどねぇ、と佐助は細い手足を組み替えて、溜息をついた。
「とくに旦那と比べりゃあんたのほうがよっぽど大人でしょうよ。あんたは手がかからなそうなガキだもの……ああおいたわしや、政宗様……」
そして、そう言って付け加えた最後のそれが家老の真似だとわかり、とうとう政宗が眉をよせるのさえもからからと笑った。
「はやく弟さんのとこに行ってやんなよ」
だが、とうとう耐えかねた政宗が煙管を投げ付けるよりはやく、卑怯にも逃げた。そこにいたことが幻であったかのようになにも残さぬ去り方に、政宗はわかっていた結果ながらも歯を噛み、ぐらりと無様に倒れる自分の身体から意識を放り投げた。
 そのはずであったから、動いた途端に血がたりぬと倒れた政宗の体をその細い忍びの腕がやさしく支え、溜め息混じりながらも我が子を慈しみ労る母のように意識の足りぬ頭を抱いたのは夢であるかも知れない。

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