好む塩気
 触れるだけで透けて、消えてしまうのではないかと思った己の愚かさが恨めしい。歯軋りをして、今さらそのようなことを政宗は思った。近づけばするりと逃げ、どうにか腕を掴もうとすれば今度は姿が消えてしまいそうであった光秀などもはや政宗の幻想の内にしか存在しないことが明らかである。打ち合いをやめて、縁側に並んでいるだけだというのに興奮の冷めぬのが何よりの証拠であろう。
 飢えた自分の血がもっと興奮をよこせと騒ぐのに、政宗は唾液を飲込んで耐えていた。それでも、光に透けてきらきらと輝く白銀の髪が汗でその首もとへ張り付くのに誘われるので、ついに瞳も閉じた。だが瞳を閉じればなおさら互いの汗の匂いに気付いてしまい、ひどい興奮を覚えることにしかならなかった――なんとも難儀なことである。
「何を拗ねておいでで?」
 そのようにして黙り込んだ政宗を見かねてか、落ちてくる声に瞳を開ければ、眉間に寄った皺を咎める光秀がゆっくりと首を傾けたところであった。暑いとわめいて腕まくりをした政宗と違い、光秀は肌こそうっすら汗ばんでいたが、暑いとも言わず、平生のように涼しげな顔を崩さない。眉間をなぞろうとする白い手も、ひどく涼しげである。
「拗ねてやしねぇさ」
「拗ねていらっしゃるようにお見受けできますよ」
 なにやら憎々しくなって政宗が歯をみせると、くすりと含むような笑みを唇のなかに転がして、光秀は言う。
「本当はどうなのです、独眼竜」
そして、涼しげな声音と共に眉間をなぞった指先が汗で額に張り付いた前髪を拾おうとした。
「さぁ、覚えがねぇな」
 政宗が逃げるようにしてその手を噛めば、汗の塩辛さがすこしだけ舌を撫でた。

<<return.

*Using fanfictions on other websites without permission is strictly prohibited * click here/ OFP