安穏
 お目付役とはいえ学校にまでついて行こうとはあまり思わない。そのため、ゴウトはこのように大半を鳴海探偵事務所の戸棚の影でゆらゆらと尻尾を揺らして過ごしている。ライドウは十四代目の任を優先しなければならぬので、日頃は同じ年頃の少年ならば本分である学業に精を出してはいない。だが、それでもこの所比較的平穏な日々が続いており、このようにゴウトも猫らしくのんびりと過ごし、十四代目も良くもなければ悪くもない成績をどうにか保つ程度に師範学校へ通う日々が続いている。
 ゴウトは窓から差し込む日差しが黒い毛皮にひどく熱を与えることを嫌って直射日光の当たらぬ場所を当然のように確保しながら、ふとこのような日々が長く続けばよいものを、と思っている自分に気付いた。
 鳴海は団扇をあおぎながら「扇風機ねぇ」と呟く一方で相変わらずマッチ棒での創作に熱中していて、自分はまるで本物の猫のようにだらだらと日々を過ごし、丸くなり、眠り落ちては目覚めて身体を伸ばすというようなことぐらいしかしていない。これはおよそ葛葉の里では考えられぬ日々だ。思えば、自分も十四代目も始めのうちは戸惑っていたものだが、今となってはこちらのほうが平常なので葛葉の里での生活はまこと人――ゴウトはもちろん今は猫の身体ではあり、言動も多少猫の要素が強いがしかし自負としてはまだ人である。立派な個の人間としての自我がゴウトから消える日は永劫来るわけもない――らしからぬ生活であったのだなと実感できる。どちらが自分たちにとって似合いの場であるのかは未だによくわからないが、葛葉のよからぬ所の影響が抜けるであろうことを思うと、十四代目のためには似合いの場ではないだろうかと思えてならない。
 「戻りました」と涼しい声で言いながら事務所へ入ってくる十四代目をゴウトが反射的に見上げると、マグネタイトの色を映すその翠色の瞳を彼は目敏く見つけ、階段を降りてきた。
 「戻ったか」とにゃあという鳴き声で言ってやると、十四代目はその前で膝をつき、ゴウトを抱き上げた。ゴウトは普段ならば冷たく感じられる十四代目の白い手が季節柄であるのか、わずかに熱く思えて身をよじった。だが気にすることもなく十四代目は微笑むように目元を細めて、ゴウトの頬へ頬を寄せた。
「ただいま、ゴウト」

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