喪失
 書生の元に猫が戻ってきたのはつい先日のことである。
 だが、奇妙なもので猫を連れ帰った書生はいつもと変わらず、生気のない様子であった。あれほど猫の喪失に忘我し、つい最近までは中身を喪った容れ物ばかりが――なまじ美しい姿形であるからなおさらに――異様で、鳴海をわずかなりとも怖がらせていたのだが。
「ほんとにゴウトちゃんなの、それ」
 にゃあ、と鳴く黒猫はたしかに翠の不思議な瞳をしている。だが、これまでと違う。書生が窓際で教科書を紐解く傍らで丸くなる黒猫は明らかに以前よりも距離がない。そう、いつもあったはずの黒猫と書生にあった距離というものがなくなっている。
 鳴海が訊ねると、書生はほんのすこしばかり顔をあげ、鳴海を見つめた。
「なぁ、ゴウトちゃんじゃないとか……言う?」
そして恐がりながらも鳴海が言葉を続けのを見ると、書生は肯定もせず、珍しくも唇だけでわずかに笑った。だが、それきりすぐに教科書へ視線を落としてしまい、なにも答えはしなかった。

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