嬉しいくせに
 本当に目玉を抉ることができようが、その試みが失敗しようが、大して重要なことではなかったのだろう。
 向かい合った政宗の目の下、骨に近い皮膚を傷つけた自分の爪を、光秀はほんの数秒ばかりは観ていたが、結局はすぐに床へとその手をついた。
 引き攣るように微かな痛みを訴える皮膚を政宗が撫でると、光秀が口を開いた。
「何を怖がっているのです」
笑いで喉を震わせるのを堪えるように、その唇の端が歪む。
「お前こそ、何を楽しんでやがる」
 政宗がお望み通り、とばかりに眉根を寄せれば、その従順さにか、光秀はうふふと零した。
「何って? おわかりでしょう? あなたが私を甘やかしていることですよ。ふふ、おかしくてしかたがありません!」
「嫌か?」
「ちっとも」
 光秀はにっこりと笑った。だが、光秀は本当に嬉しい時にそんな顔はしない。そんな綺麗な、人形めいた顔はしない。とんだ嘘つきめ、と呆れて政宗は眉根を寄せるのをやめた。代わりに床に伏せられた指を上から縫い止めるように押さえつける。
「なァ、次はもっとうまくやってみな。あんたが俺から残りの目玉を奪えたら、祝杯をあげてやる」
 もちろん、光秀よりも腕力と握力は上回っている自負がある。光秀が戦場での尋常ならざる様子であれば別であるが、今であれば押さえ込むことは簡単だ。なにより、当人が抵抗するとは思えなかった。言葉に載せるように、腕に、掌に、指に込める力を強くする。ぎち、と骨が鳴るような気がするほど強く、白い指から完全に血の気が抜けてしまうほどに、強く。だが光秀は抵抗しない。興味がないのだろう、とそう思えた。
「誘っておられるので?」
「どう思う?」
「……あなたは少し、気をつけたほうがよろしいでしょうね」
 光秀はそう言って、顔を近づけた。
 噛み付くように小さく口を開けていたので、その勢いと相まって、噛み付かれるのではないかと思ったが、光秀は「ほら」と柔らかな声で政宗の目元で囁いただけであった。「本音など、わかったものではありませんよ」

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