船には乗れない
「忍びひとりに、ほんと……おばかさんだねぇ」
 もう影さえ落ちない身の上で、誰にも聞こえぬ声で佐助は呟いた。
 落ちる影を持っていたならば、自分の亡骸を抱えて言葉もない主人を、背後からの暗い影がすっぽりと包んだことだろう。だが、叶わない。それさえも叶わない。影を落として、この人に己の存在を知らせることさえ佐助にはもうできない。
 死ぬとはどういうことなのか、実際に己のこととなっても、佐助にはよくわからなかったが、だが、肉体を喪ったことだけは確かであるとわかった。
 主人が人払いをしたおかげで、主人の胸元に下がる銭が自分の半首へぶつかるその小さな音が、よく響くように思われた。耳障りな雑音。その刃と刃がぶつかりあう音よりも空虚な金属音に、主人がひどく動揺して、けれども、まるで腕に抱えた屍にそれを悟られぬようにするかのように表情を強張らせるのが、わかる。
「……ほんとに、おばかさん」
 隠し事が下手なのは、自分が側にいる間中、ついに変わることがなかった。不器用な人。愚かな人。たかが忍び一人で、このように嘆いてくれる人。つくづく不思議な、大切な主人であった。これからきっと、変わってゆくはずの、まだ歳若い――いや、幼いとさえ思えるこの人。根拠もなく、その成長を側で観ていれるように思っていた自分の愚かさが、いよいよ身にしみて感じられた。
 けれども佐助は既にこの奇妙な事態に馴染みはじめているようで、戻りたいとは思わなかった。
 たとえそれがこの誰よりも大切な主人の心を傷つけるのだとしても、いつかは通る道であるのだ。主人のことを思えばこそ、これでよかったとさえ思えていた。
 心残りと言えばひとつ。自分はあの六文銭を賜ることはついにできなかったのだな、と。
 それを思ってようやく、そればかりすこし寂しいと、そのように思った。もし涙が流せれば、今、自分は泣いたかもしれないと、もう肉体を持たない身の上で、ぼんやりとそのように思ったのであった。
*旦那は佐助に六文銭をくれないと思うのです。

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