嘘は朱の色
 橋の欄干に肘をつき、川を覗き込んでいる鳴海が、何故そのようにらしからぬ様子であるのかライドウは知らない。鳴海はどうせ答えないだろうし、ライドウが興味を覚えることでもないことは明白であるので、ライドウも訊ねない。なにかを見ようとしているのか違うのか、それもわからなかった。鳴海の視線を追っても、柳が川の上で揺れているばかりだ。悪魔もそこにはいない。
 鳴海の吸う煙草の煙がゆらゆらと流れ、灰が風にふわりと崩されるように川へ落ちる。短くなった煙草は、鳴海がそうしているのが、そう短い時間というわけではないことを物語っていた。
 多聞天からの帰路、いつものように人通りに紛れるように坂を下れば、そこばかりが時間の止まったようであった。見覚えはあるがそれが鳴海だと認識するまで数秒を要したのは、その表情と、身に纏う空気がライドウの知らぬものであったからだ。彼の経歴を思うと、それも顔のひとつかも知れぬ。
 相手に気付くのは、ライドウより鳴海のほうが早かった。
「なんだ。もうこっちに帰ってきてたんだな、ライドウ」
 そんなことを言う一瞥してまたすぐに川のほうへと顔を向ける鳴海の、誂えたばかりのスーツが夕陽に染まっている。ライドウとは対称的な白いジャケットが陽の色で真っ赤であるのは、自分や仲魔が流した血がその一部となっているのだからだろう、とライドウはそのようなことを考えた。ライドウにしては珍しい考えだった。自分は感傷に浸っているのだと自己分析を頭の隅で行いながら、ぼうとその横顔をみていると、鳴海も視線に答えるようにライドウを観た。
「な、心中しようか」
 鳴海は唇の端を歪めてそんなことを言って、くわえていた煙草を指にあずけた。しかしそうして、外套まで着込んだ書生を見る瞳には色がない。感情がない。
 ライドウは答えに窮して、口を閉じたまま鳴海を見つめた。
 鳴海は、そうしてライドウが表情も変えず、答えぬままでいるのを楽しむように、くつくつ喉で笑った。
「嘘だよ、ライドウ。うそうそ」
 鳴海は言った。なんでもないことのように。唇が笑う。そしてライドウが驚きで瞬いたのも無視をして「冗談」と打ち消した。柔らかな声は、ライドウの知らぬ声だ。
「じょーだん。こんなの真に受けてちゃだめだよ、ライドウ」
 鳴海は目を伏せて、吸いさしの煙草を川に投げ捨てた。「そんなんじゃ帝都なんか護れないよ」と小さな声でからかうくせに、もうライドウを見てはいなかった。帰るよ、とライドウを見もせずに歩き出す鳴海に、ライドウは黙って続いた。
*
うまく書けないんだけど鳴海がライドウをどう思っているのかは色々思うところがあり…。
+補完漫画をハイジさんが描いてくれた。

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