屑星を砕く
 海軍から開放された鳴海はすでに暴行を受けた後で、所々に血の色を滲ませ、目元にも痣をつくりといった有様だったが、それでも雷堂は容赦するつもりにならなかった。はは、と自嘲するように笑った鳴海の頬を平手で打ち、拳で顎骨を砕かんばかりに打った。それから、足元で口の中の血を吐き出す鳴海の頭を、爪先で蹴った。
 口を拭おうとする手ごと蹴りあげれば、肘をついて倒れまいと反射する元軍人の胸を、蹴り上げた足を返しざま降ろして踏みつける。既に舶来仕立てのジャケットは土埃で汚れていたが、そこに雷堂の足痕も、うすく上乗せられることとなった。だが、足痕は薄くとも、十四代目葛葉雷堂の一撃はその気となれば悪魔にも十二分に通ずるものである。もちろん、鳴海はそのまま倒れこみ、はげしく咳き込んだ。けれども、ひゅうと苦しげな鳴海の呼吸音を無視して、雷堂は、咳き込んで胸を抑える鳴海の腹をさらに蹴った。
 そうして無言で暴力をふるえば、鳴海も声をあげなかった。鳴海は雷堂の暴力を受け入れ、責めることもしなければろくに抵抗もしない。それは鳴海が、何故雷堂に暴力を受けねばならぬか、理解しているからに他ならない。
 鳴海がそのようにすれば、なおさら雷堂は我慢できなかった。我慢ならずとも、顔色ひとつ変えることがないのはひとえに帝都守護を任とし、悪魔を使役するデビルサマナーとしての訓練の賜物といえた。しかしその大きな傷のついた顔は整っているので、そのように顔色を変えぬほうが、よほど得体の知れぬものであった。
「貴様が、悪魔であったなら――」
 雷堂が嫌悪に顔を歪めて呟くと、鳴海は切れた唇の橋で微かに「負けなかったかもね」と笑った。
「ふざけるな」
 吐き捨て、鋭くその頬を蹴り上げた雷堂は、それから再び二、三度腹を蹴った。鳩尾に爪先が入り、吐くものもない鳴海が吐き気を堪えるように口を押さえるのも気に留めることはなかった。
 そうすると鳴海の口から、呼吸に混じった咳と、血と、唾液と、それらにまみれた歯がひとつ、ころげ落ちた。
 そこで雷堂はようやくしゃがみ込み、しかしその歯を無視して、鳴海の青痣だらけの顔を覗き込んだ。冷やさねば腫れるだろうと思ったが、やはり無視をした。無視せざるをえなかったのは、鳴海の瞳が自分を映すのをみて、たまらなくなって頬を打ったからだ。
 平手がばちんと大袈裟な音をたて、頬が熱を帯び、掌がひりつくまで、何度も打った。
 それからようやく雷堂は鳴海を開放して、事務所を後にした。
 踵を返す書生の、ひらりと揺れる外套の裾へと鳴海は手を伸ばしたが、掴み損ねた手でそのまま熱い頬を撫でた。目を閉じれば、扉の向こうに去っていく涼しい足音が聞こえる。ようやく鳴海は震える肺で安堵の息を吐き、瞼ごと己の目を覆った。
*
鳴海をフルボッコにするだけの話、ということでカッとなって書いた。仮題は「屑」だった。だが私は謝らない。

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