頭をふれば、顳かみから伝う汗がコンクリートへぽたりと落ちる。フェンスに背を預け、澄み切った青空を見上げるようにペットボトルを空にするものの寝覚めの悪さは消えず、残像がちらつく。
「冗談、きっついなー」 と自嘲めいた呟きを漏らしたところで記憶は変わらない。堰を切ったように流れこむ記憶の奔流。瞼を伏せるだけで、鮮やかな赤揃えの色が、振り向く主の顏が蘇る。あまりにも膨大な量の記憶がただの妄想にしてはできすぎていて、困ることだった。記憶のとおり、記憶が蘇るのはいつも突然で、いつも容赦がないものだった。こうして幾度苦しめてくれたのだろうかと考えるのもばからしいほど、それは佐助についてまわるものだった。
「――だんな」
 記憶のなかでの呼び名を久しぶりに唇に乗せると、やはり懐かしさがじわりと胸の奥から滲み、込み上げてくる。やはりこれはなにかの呪いなのだろうか、と佐助は思った。どうせ皆、今はちがう名だ。あの人だって。生まれ変わっていたとして、出会えるなどと都合のいいことがあるものか。自分だってそうだ。今は佐助なんて名前じゃない。あの人に会ったといてわかるわけもない。きっとあの人もわかりはしない。幾度繰り返してもそうだ。出会えたことなどなかった。今生でさえきっと変わらない。それなのにどうしていつの生でも思い出してしまうのだろう。前世の記憶。生まれ落ちる前の記憶。繰り返せば繰り返すほど佐助という魂を研磨する痛みでしかないそれ。いつの生でもただ一人の主のことを探して、出会えずに終わって行く生の長さにさえ折れない想いが何のために自分に与えられるのか、生を幾度繰り返しても答えが見つからない。
「くそ、なんだよ。まだ好きなんておかしいだろ。どんだけ昔のハナシだっての」
 会いたい、と思う気持ちばかりが思い出した瞬間から、瞬く間に濃くなっていく。逢いたい。逢いたい。逢いたい。あの人のためだけに生まれてきたはずなのだ。なぜあの人の隣にいないのだろう。なぜあの人が隣にいないのだろう。違和感が今さらながらに襲ってくる。いつもそうだ。どの生でもそうだった。いつもその感情を抱えて、もてあまして、今度こそはといつも浅はかな願いを捨てられず、それでも他の誰かの手をとり、死んでいく自分を佐助は覚えている。
「俺を、呼んで――呼んでください、幸村さま」
 ぎゅうと目を瞑り、幾度目になるのかわからない願いを呟いて、佐助はもう一度目を閉じた。それは思い出した生において、眠りに落ちるときの癖だった。一度も叶ったことのない願いだった。
 夏の日差しが佐助の体温をあげていく。熱中症で頭がおかしくなってくれたならいいと佐助は思って、意識を手放した。
*生まれ変わりの記憶をずっと抱えながら一度も幸村に出会えない佐助。

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