望む
 期待なさっているとは思いませんが――光秀はそう前置いてくくくと笑った。
「私は、あなたのことを気に入っていますよ独眼竜。ええ、ですが、あなたでは足りません。あなたなど、信長公には遠く及ばない」
 政宗には、言い切る光秀の表情は見えない。だが、政宗は彼が自分を殺す気のないことに気付いた。おかしな話だ。手負いの竜をこの場で今すぐ殺すことなど、容易いというのに――これでも奥州を束ねる覇者であるのだ。その首は手柄であろう。
「――あなたではとても満たされそうにない」 じと視線を送っていると、呟きと共に真白い髪がゆら、と揺れた。髪で隠れていた光秀の顔が、はっきりと見えた。
 それはひどい顔だった。政宗はその瞬間、傷の痛みも忘れてそのように思った。まるで悔しがる、とでもいうような。何故あんたがそんな顔をするのだ、と政宗は思った。しかし声の代わりに血が口から零れる。光秀は興味をひかれることもないようで、ふ、と息を吐いた。
「早く御成長くださいね、独眼竜。期待していますよ」
*2008/04/06 
虚しいぐらい
 ざり、という音に目を向けると、光秀の指が震えながら畳の上へ爪痕を残していた。
 それを見咎めて、政宗は頬から頭を擦り付けて熱を逃そうとするような頭を押し宥めるように、光秀の白いうなじを噛んだ。熱に溶けた甘い声が零れる。「shh...」政宗は子どもに言うように耳打ちすると、腕から掌を這わせるようにして、畳の上で暴れる指を絡めとって抑えた。
「ここは爪を研ぐとこじゃねぇぜ、little cutie?」
するとすぐに骨張った光秀の指が握り返した。それが反射的なものなのか、意思あってのことなのかはわからない。了承の意のあるものかどうかわからず、爪を抱くように、絡めた指先にわずかながら力をこめた。
 光秀は荒げた息を吐いて、瞼さえ降ろしている。
 顔を覗き込めば、その瞼が震えていた。褥の中でも、光秀がこのような姿を見せるのが珍しい。片手を強い束縛から逃れさせて、曲線を描く腰を撫でる。
「もう無理――ってか? だらしねぇな」
 あんたらしくもない。言いながら腰を動かすと、喉に張り付いたような声が、光秀から零れた。

*2008/03/03 
killjoy
 首は無造作に放られ、畳の上を汚した。
 そしてそれらを転がした張本人はもはやそれに目もくれず、転がる首に目をやる男を見つめた。
「光秀」
 光秀は見覚えのある首たちを――驚きや怨嗟のような色に滲む面影を探すのは困難ではあるが――ひとつひとつ眺め、一人一人の名を胸の内だけで呼び、それから畳の目に染み込んだ乾ききらなかった血の名残を見つめ、窓の外の月を見つめ、最後にようやく、自分を見下ろす政宗をみた。
「――それで?」
「Oh……coolなこったな。顔色ひとつ変えねぇか」
向かってくる冷ややかな瞳に、つまらなそうに溜息をついて政宗はその場にあぐらをかく。光秀は政宗に合わせて目線を下げた。
「変えてなにかが変わるなら変えましょう。しかし私はまず、あなたがこのようなことをされた理由が知りたい」
すると政宗は溜息をもうひとつ長めに吐いたが、すぐに跳ね返りでついたらしい顔の血を今さら拭いながらシニカルに唇を歪めた。
「稲葉城に幽閉なんて、誰も知らなかった。そんなあんたが逃げ出して――今、ここで生きていると知ってんのはあんたの腹心中の腹心だけ――それも、これで全部だ」
「……ばかなことを」
光秀は温度のない視線で政宗を見た。
「そうかね」
政宗は左目を細くして、懇願するようにも決めつけるようにも聞こえる調子で言った。
「あんたは、匿えねぇ。だが、違う誰かなら別だ」
「あなたがそのようにつまらない人だとは思っていませんでしたよ、政宗」
挑むように視線を送ってくる政宗をやはり静かに見返す。
「残念ですね、とても……」
 ――なら、俺を殺すか。しかし、政宗がそう問えば光秀は目を逸らして呟いた。
 その価値もない、と。
*2008/01/01 書いといてなんですが伊達はこういうことしなさそうだなー、と…思ってお蔵入りでした

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