さがしもの
 おっかねぇな、と笑いながら言う男のことを佐助は好きになれない。哀れだと思わなくはないが、それだけだ。どうでもよい。だが、この客人は存在事態が問題だった。
 織田の各地進行は佳境となり、信州も当然ながら苦戦を強いられた。信玄が倒れたことも大きく、本来ならば佐助もこのようなところで客人の世話などしている場合ではない。だが、この客人が厄介であった。
 客人というのは奥州を収めている伊達政宗である。
 奥州も、このところあまりよい状況であるという噂を聞いた覚えはない。それどころか上杉と領地を争っているまっただ中のはずである。
 しかしここ信州にその奥州の大将首が前ぶれなく現れたことはまぎれもなく事実である。
「おっかねぇ? あんたの台詞かね。そりゃ、あんたの台詞じゃねぇだろ、竜の旦那。右目の旦那はどうしたの。こんな時に他国に大将が単身乗り込むなんて正気じゃねぇよ」
「別にここに用があるわけじゃねぇっつったろ、忍び」
 佐助が慌ただしく伝令が屋敷のなかを駆けていく足音に目を細くしていると、政宗が窓の向こうを見つめたままで答えた。
 左目は先ほどからなにかをじっと見つめている。そちらに目をやっても、とくにこれといったものはないのでおそらくは意味もない視線なのであろう。だが、なにか腹をくくったことがわかるような、暗がりに炎を灯した瞳である。それはろくに相手のことを知らぬ佐助にもわかった。
*2008/08/16
浅ましさを知らぬから
 破廉恥だ、と幸村自身がよく口にする言葉で、佐助は不埒な手で忍びの腰もとを緩める主人を非難した。しかしこんなときばかり肝の据わった芯のあるところを発揮する幸村は、ただただ不思議そうな顔をするのみである。
「破廉恥なことがあるか。お前と身体を繋ぐことのどこに恥じるところがあるというのだ」
「恥じるべきとこだらけでしょうが……!」
なんであんたは訳の解らないことばかり言うんだ、と佐助は呻くように言った。幸村が触れることを考えるだけでも感じ入るような身の上で、このような拒絶は拷問にも等しい。しかし佐助は今宵こそは自分の粗末な身体から幸村を引き剥がしたかった。それは幸村の立場を重んじての理由と、身勝手な理由の半々からくるものであった。
「お前の言うことこそ、訳の解らぬことばかりでござる」
だが幸村は佐助の想いなど酌まない。主人らしい傲慢さで、時折このように頭がきかない。佐助が危惧するのはまさにそこである。
「――父上は、想いあった者と肌を重ねることは自然なことだとおっしゃった」
「それは男女の話だってっ!」
「変わらぬ」
 俺は佐助を好いておるのだ、と幸村は言う。
 佐助がなにより恐ろしいのは、そんな幸村を喜ぶ自分であった。
*2008/04/08
どこで覚えてきたの
 いつものように唇をただ重ねるだけではなかった。触れるのではなく最初から口に噛み付くような主人の行為に驚く間もなく唇を軽く吸われて、頭の中が白く塗りつぶされそうな佐助の唇を割り、ぬるりと舌が入っていく。「ん、ふァ」歯の裏、上顎を舌先でなぞられ、そのくすぐったさに漏れた声を身体ごと震わせ、目を強く瞑ると、やがて口を離して大袈裟な息を吐いた幸村が、小さく笑った。
「さすけ、」と嬉しそうな声で名を呼ばれ、佐助が荒れた息を整えようとしながらゆっくり目を開けば、ちゅう、と今度は触れるだけの口付けをされる。「ン、な」
 そうして驚きのあまり、つり上げられた魚のように口を開いたり閉じたりする佐助に幸村は不思議そうに首をかしげた。その暗いところのない様子が佐助の羞恥心をあおり、かっと顏に朱が走る。熱が顏中に集まった自覚に佐助は驚いて両手で自分の口や頬をぺたぺたと触り、さりげなく幸村から距離をとるように後退した。
*2007/12/20

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