甘い針
痛覚がないわけではない。忍びが痛みに素知らぬ顔をするのは矜持である。毒の殺し方ならば教え込まれるが、痛みを殺すことは覚えない。痛みを失うことは忍びの死だ。だから馴染みやすい針の痛みはおそろしい。ちくりちくり、刺されていく針の山は目に見えぬが、たしかに小さな痛みを伴って、忍びを殺す。砂糖でできたそれは引き抜こうとすればぼろぼろとくずれ、肉に埋もれて血に溶けていく。そしていつか、心臓をふさぎ、忍びを殺す。
たとえばほら、このように。
「それにしても、さっきの旦那ってばすっごい男前で俺様仰天しちゃった。小助と入れ替わってた?」
こんなからかいは、佐助の照れ隠しのひとつであって、本音をなかなか言えぬのは忍びの倣いで、習性である。
だのに、この主人はいつまでもそれがわからぬ。わからぬからこんなことを言う。
「なぜそんな嘘を言う? 俺の佐助が真偽を見分けられぬわけがない」
ほらまたひとつ、甘い針。佐助はそれを顔色ひとつ変えぬままで飲みこんで、気付かぬふりをしてやる。ちくり、ちくり。喉を通るその針の甘さに、おぞましさを覚えながらもすぐに酔う。針で縫い留められた標本のように、主人の影に縫い留められて。
「まったくわかんない人だねぇ、あんたの忍びの俺様の、冗談じゃなきゃなんだっていうの」
唇に薄く、感情が滲む。こんなものはもう忍びでさえない、もうそれ以下の、針山未満。
齧る
ざらりと舌が傷口を嬲る。猫のそれのように肉を削いでいくことはないが、まだじくじくと痛みを訴える傷口を舐められるなど、たまったものではない。身をよじり、けれど逃れることができぬので、佐助は喉を見せて声をあげた。そのくせ、その喉から悲鳴じみた声が掠れると、それに怯えるように歯を噛む。
哀れなものよ、と佐助が不憫でならぬのだが、そのようなところも全て自分のものだと思うと、優しい気持ちはすべて四散してしまう。歯をたて、それに怯えるように腹筋を強張らせた忍びを罰するように、幸村はそのまま傷口を噛んだ。
「逃げるな」
声を潜めて言ってやる。そんな事を言わずともこの忍びが逃げ出す事はない。わかってはいるのだが、幸村は我慢できない。我慢できないのだ、この忍びに対するものの殆どが、幸村にとって我慢すべきことではない。
どうか知らないままでいて
折れたことに気付いていないわけはない。それなのに主人は御丁寧にそれを携えて戻ってきた。戦場での興奮に熱が収まらぬ様子で、少し頬が赤い。血を拭われながら、自分を探すように視線を彷徨わせ、それから名を呼ぶかのように口を開いた主人はふと、折れた片槍に目をやり、少し躊躇うようにしてから、「処分を」と口にした。
俺の時もそのようにするのだろうか、と忍びが考えていることを、主人はきっと知らない。
<<return.